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愛はナルシスの海に溶かした vol.3

愛はナルシスの海に溶かした③ 〜逗子傷心ショートトリップ〜

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この連載は... ――何度同じことを繰り返すんだろう。 愛に傷ついた27歳の奈緒子は、ぬいぐるみになった祖母“光子さん”と死んでしまった恋を“供養”しに逗子の海へと向かう。幼い頃から行ってきた“儀式”と光子さんとの対話を通じて、徐々に癒されていく奈緒子。愛に傷つくことを知っているすべての人に読んでほしい、都心から1時間で行ける海“逗子”を舞台にした傷心小旅行ストーリー。

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海岸をおそるおそる、歩く。休日のまだ早い時間なのにも関わらず、海の遠くにサーフィンをしている人が小さく見える。波乗りに失敗してコテン、とこけたのが見えた。ミニチュアのおもちゃが倒れたみたいだなと思った。

 

あまり人に見つからない岩のへこみを見つけて、腰を下ろしてリュックを開けた。ロウソクとマッチ、木べらとペンと山盛りのチョコ、水仙の花をバラバラと砂浜に開けた後、ハンカチを敷いて、その上にぬいぐるみの光子さんを据える。光子さんの両端にはロウソクを挿して、マッチの火を灯し、水仙の花を供えた。小さな岩のくぼみが一気に祠になる。儀式が始まる。わたしは、光子さんに話しかけた。

 

「光子さん、わたし、もう27歳なんだけど。27歳って、光子さんがお母さんを産んだ年だよね? わたし、いつまでこんな風に実のない恋愛を繰り返すのかな。いつまで無邪気に人を愛していていいの?」

 

光子さんが語り始めた。

 

「菜緒子ちゃんはほんっとうに良い子に育ちすぎたわねぇ。わたしが育てたようなものなのに、どうしてこんな良い子に育っちゃったのかしら。一生無邪気に愛していいのよ。しかも相手の気持ちなんてどっちでもいいじゃない。相手への愛が自分を満たして、それでいいんじゃないのかしら? それとも、愛って両想いでしか成立しない狭量なものなの?」

 

「でも、わたしがこんなに愛している人に愛してもらえないのは悲しい」

 

光子さんはしばらく黙った。波の音と磯の香りがした。ロウソクの灯がほんの少し、揺れた。

 

「菜緒子ちゃんは」光子さんが沈黙を破る。

 

「菜緒子ちゃんは本当に気づいていないのね。あなたが好きなその人だって、あなたのことを愛していたはずよ」

 

「えっ、でもわたし、『ごめんね』って言われたよ」

 

「それはね、仕分けられる箱が違っただけなのよ。菜緒子ちゃんは『恋人』の箱にも『妻』の箱にも入らなかったけど、愛する女ではあったはずだわ。菜緒子ちゃんはその人と結婚したいのかしら? 恋人になりたい? だとしたら慰める方法はないけど、愛し合いたいってだけなら、落ち込む必要なんてないわね」

 

「でも」と言って、口をつぐんだわたしに、光子さんは笑ってこう言った。

 

「あぁ、若いころのわたしとシゲルさんを思い出すわ」

 

「シゲルさん?」

 

初めて聞く名前だった。

 

「うん、菜緒子ちゃんのおじいちゃんに当たる人ね。なんていうかよく言えば責任感のある人でね。菜緒子ちゃんのお母さんがお腹にできたとき、結婚するって言って聞かなくて。わたしは悲しかったの。シゲルさんはわたしにとって、『旦那』の箱に入る人じゃなかったの。ただただ無責任に愛していたかった、そんな人だった。だから、わたしは彼と別れて、女手1つで菜緒子ちゃんのお母さんを育てたの。それでよかったと思ってる」

 

「それで」わたしは続ける。

 

「それで光子さんはよかったの? “お母さん”になって、シゲルさんを忘れてしまってよかったの?」

 

「忘れてなんていないわよ」

 

「でも」

 

「忘れそうなときは、海が思い出させてくれたから」

 

「海が?」

 

「そう、海よ」

 

戸惑うわたしに光子さんは言う。

 

「昨晩のこともすっかり忘れてしまっているみたいね。本当に薄情なんだから。試しに菜緒子ちゃんも海に浸かってみるといいわよ。ほら、靴を脱いで、スイセンの花を持って」

 

そう言われて、わたしは一歩ずつ、海に向かって砂浜を踏みつけて歩いた。

 

vol.4へ続く»

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この記事を書いた人

佐々木 ののか

佐々木 ののか  

1990年北海道帯広に生まれる。筑波大学で国際開発学を学び、新卒でカバン屋に就職後、2015年6月より現職。ライター業では突撃取材に定評があるが、ジャンル・テイスト問わず幅広くこなす。共感性の高い文章を書くのが得意で、人間の葛藤や一見醜い感情に興味を惹かれる。関心があるテーマは、新しい夫婦・家族・関係性など。Wanderlustでは、「旅」をテーマにしたエッセイや小説を執筆していく予定。
Twitter @sasakinonoka

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