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愛はナルシスの海に溶かした vol.2

愛はナルシスの海に溶かした② 〜逗子傷心ショートトリップ〜

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この連載は... ――何度同じことを繰り返すんだろう。 愛に傷ついた27歳の奈緒子は、ぬいぐるみになった祖母“光子さん”と死んでしまった恋を“供養”しに逗子の海へと向かう。幼い頃から行ってきた“儀式”と光子さんとの対話を通じて、徐々に癒されていく奈緒子。愛に傷つくことを知っているすべての人に読んでほしい、都心から1時間で行ける海“逗子”を舞台にした傷心小旅行ストーリー。

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「その気持ち、成就させなくてもいいけど、成仏させないと忘れた頃に化けて出るわよ」

 

E判定の第一志望校を受けるか迷っていたとき、10代の頃、好きな人に思いを伝えるか迷ったとき、光子さんは口を酸っぱくしてそう言っていた。そんな光子さんの教えを受けて、わたしは合格可能性10%以下の芸大を受けて見事に玉砕し、彼女のいる男性に告白してはこっぴどくフラれた。決意の日にはどんなに帰りが遅くなっても、光子さんは泣いて帰ってくるわたしを待っていて、

 

「菜緒子ちゃんよく頑張ったわね。さぁ、今から一緒に供養しに行くわよ」

 

と言う。気丈にも供養の道具でパンパンになったリュックを背負って、わたしの手を引いて、家から3分の逗子海岸に向かっていた。

 

光子さんはもう死んでしまっていないし、わたしの家系は日本人に多い「仏教系無宗教」だったけど、毎度毎度の“供養”の習慣だけは信心深く染みついてしまっている。だから例によって“失恋”した今日も、電車で1時間以上かけて生まれ育った逗子に向かっている。1日で行ける傷心旅行、あるいは死んでしまった恋を供養する儀式。

 

ぼんやりしていると、もうだいぶ近くまで来ていたらしい。だんだんと朝になる薄暗い中に白い花が見える。水仙だった。長い年月をかけて流れ着いてから、水仙のある風景は逗子には欠かせないものになったのよ、と光子さんは言っていた。“供養”のときにも水仙の花は必須で、今日もリュックに水仙が入っていたことを思い出して背中を浮かす。萎れていないといいなと思いながら、もう1度窓のほうを見やると、優柔不断な夜が朝にバトンを渡し終えたところだった。

 

それからまもなくして、逗子駅到着を知らせるアナウンスが流れた。

 

逗子駅を出て、バスを待った。改札を出て、3番乗り場から海岸回りの逗11・12系統に乗る。他のバスでも海に行けるのかもしれないけれど、わたしはきまってこのバス。

 

逗子はロハスな街、なんて言われるけど、バスの窓越しから見えるアーケードには魚屋さんや、個人経営のおもちゃ屋さん、喫茶店ともカフェともレストランともつかない飲食店が並ぶ。そういえばこのワンピースも、アーケードにある「ヘンケル」で買ったなと思った。

 

「夏の逗子の海には、絶対に白い麻のワンピースね」

 

逗子にオーガニックファッションのお店ができる前から、光子さんはそう言っていた。理由は聞かなかったけど、聞いても多分「そういうものよ」としか言わないだろうな、と思った。現に、麻のワンピースを着る光子さんは、逗子の海の景色に溶け込んでいた。それがすべての理由だった。

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光子さんが生きていた頃、後に“光子さん”になるクマのぬいぐるみを買ってくれたおもちゃ屋さんが見える。流行りのおもちゃは置いていなくて、駄菓子屋の延長線上みたいなおもちゃ屋さん。懐かしいなと思って店を見ていると、まだ開店前なのに店主のおじさんが出てきた。白髪になっているのを見て、ハッとする。時間はやっぱり止まってなんかいないのだ。窓の外より前に向き直る。

 

10代の頃はもっと無邪気で能天気に好きでいられたはずだった。年を重ねても、重ねてきた経験は味方してくれない。

 

傷つくのが、怖い。

 

感情の受容体を全部、鱗で覆えたらいい。できることならチクリとする痛みに翻弄されずに、殻を守っていたい。

 

アーケードを折れるとき、もう一度おもちゃ屋さんのほうを振り返ってみた。もう、おじさんは見えなくなっていた。

 

だんだんと殺風景になる。わたしはソワソワしてもう周りを見なくなった。長年乗ってきたバスだ。目を瞑っていても降りどきはわかる。

 

わたしは、光子さんのことを考えていた。そういえば、恋愛相談をしたことはあっても、光子さんの恋愛については聞いたことがなかったな、と思った。おじいちゃんにもお父さんにも会ったことがないけど、話くらい聞いてみたかった。大恋愛だったのかもしれないし、奔放な光子さんのことだ、もしかすると、どうでもいい男がわたしのおじいちゃんだったのかもしれない。誠実そうなシャイボーイや軽率につきセクシーな男、強引で傲慢な男の人たちのところへ蝶のようにひらひらと行ったりきたりする光子さんのイメージが頭の中を埋めた。今はすっかりぬいぐるみになってしまったけど。

 

ハッとして目を開ける。目の前に広がる懐かしい景色に息を飲んだ。

 

「海だ!」

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何度も見た景色に胸が高鳴り、条件反射でボタンを押した。チャイムが鳴った後に、「次は真名瀬です」とアナウンスが流れた。

 

小銭を数える時間さえももったいなくて、財布にあるありったけの小銭を料金箱にぶちまける。

 

バスを降りたつと、湿り気のあるもったりとした空気がわたしを出迎えた。潮の匂いなのか、涙なのか、鼻孔をくすぐる。わたしは逗子の海に着いた。

 

vol.3へ続く»

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この記事を書いた人

佐々木 ののか

佐々木 ののか  

1990年北海道帯広に生まれる。筑波大学で国際開発学を学び、新卒でカバン屋に就職後、2015年6月より現職。ライター業では突撃取材に定評があるが、ジャンル・テイスト問わず幅広くこなす。共感性の高い文章を書くのが得意で、人間の葛藤や一見醜い感情に興味を惹かれる。関心があるテーマは、新しい夫婦・家族・関係性など。Wanderlustでは、「旅」をテーマにしたエッセイや小説を執筆していく予定。
Twitter @sasakinonoka

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