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30年前のガイドブックで四国を旅する vol.8

タイムスリップ旅、香川編(後編)

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この連載は... 旅行に出るとき、誰もが片手に持つガイドブック。スマホが普及したこのご時世、昔のガイドブックを頼りに旅をするとどうなるだろうか? と思い立ち、旅をしたのは四国。あなたも30年前にタイムスリップしてみませんか?

30年前のガイドブックで四国を旅する

30年前のガイドブックで四国を巡る旅、いよいよこれで終わりである。香川編の前編では、ガイドブック通りに、見たいもの、食べたいものに出会うことができ、香川は実はあまり変わったいないのでは、と思っている。

後編の今回は香川・高松を離れ、観音寺市の方へ足を伸ばそうと思う。琴弾公園や、五郷渓温泉など、魅力溢れるものだらけなのだ。

▶︎タイムスリップ旅、高知、少しだけ徳島編(前編)
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▶︎タイムスリップ旅、愛媛編(後編)
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観音寺市へ

高松では出会いたいものに出会えた。意気揚々と高松を離れ、観音寺市へと車を走らせた。なぜ、観音寺市か。今回の旅では一度も温泉に入ってない。観音寺にはガイドブックによれば、五郷渓温泉があるそうなので、それが狙いだ。

30年前のガイドブックで四国を旅する

観音寺市へとやってきました!

五郷渓温泉に行く前に、観音寺市で見るべきものを見たいと思う。ガイドブックによると、琴弾公園というものがあり、砂の芸術を見ることができるそうなのだ。見たいじゃない、砂の芸術。

30年前のガイドブックで四国を旅する

ここに行きます!

1633年に領主のご機嫌を取るために、住民が一夜にして寛永通宝の砂絵を作ったそうだ。それがあるらしい。ガイドブックを見ながら30年前のものが今もある! というレベルではない。383年も前の砂絵だ。

30年前のガイドブックで四国を旅する

琴弾公園にやってきました!

383年の寛永通宝は現在では「銭形砂絵」と呼ばれているそうだ。つまり今もあるのだ。毎年春と秋にボランティアにより、形を整えている。そりゃ、そうだ。383年も経てば、砂の形はなくなってしまう。さて、今はどんな感じなのだろう。

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当時の銭形砂絵

30年前のガイドブックで四国を旅する

現在の銭形砂絵

そのままだ。今ではお金が貯まるパワースポットになっている。さらに夜にはライトアップされる。ガイドブックには作った理由が「ご機嫌うかがい」とあるけれど、公園の説明には「藩主歓迎のため」、と書いてあった。随分と印象が変わる説明だ。

30年前のガイドブックで四国を旅する

近づきます!

上から見てもあんなに大きく見える砂絵なので、近くで見たらどうなのだろう、と思い近づくことにした。ガイドブックによれば周囲は345メートルで、深さは2メートルもあるそうだ。

30年前のガイドブックで四国を旅する

深い!

近づいてわかったことがある。「これはなんだ?」である。確かに何かの形にはなっている。ただこれが寛永通宝とはわからない。よくビジネス本に俯瞰で見る、みたいなのがあるけれど、まさにそれだ

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何かわからん!

ラッキーポイント!

観音寺にももちろん四国八十八箇所霊場がある。しかも、それはラッキーポイントだ。一箇所なのに二箇所巡ったことになるのだ。観音寺と神恵院が一箇所に存在する。ガイドブックにも一石二鳥の便利な札所と書かれている。

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ラッキーポイントです!

神恵院はもともと琴弾神社だったのだけれど、明治に行われた神仏分離で、観音寺の境内に移された。その結果、ラッキーポイントとなったのだ。68番札所が神恵院で、観音寺が69番札所。楽でいい。

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当時の観音寺

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現在の観音寺

あまり違いがないように思える。やはりお寺はあまり変わらないのだ。ここには屋島寺の狸のようなものも存在しないので、諸行無常的なものを感じずに済んだ。

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神恵院が綺麗!

同じ境内にある神恵院が、デザイナーズマンションみたいで驚いた。当時の写真がないのが残念だけれど、きっとこうではなかったはずだ。こんな家に住みたい! と思いながら、デザイナーズマンションの門をくぐった。

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手をあわせる

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落ち込む

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雨が降り出したのです!

住みたくなかった。絶妙に隙間が空いていて、住んでいたら雨に濡れる。しかも、手を合わせた直後に雨が降り出した。私の15円を返して欲しい、と思うけれど、この15円が雨に十分にご縁があったのかもしれない

30年前のガイドブックで四国を旅する

次に向かいます!

五郷渓温泉へ

この旅のゴールとして温泉に入ろうと思う。ガイドブックを見ると、観音寺からすぐのとことに「五郷渓温泉」というものがあるそうだ。山間の一軒宿の温泉。いいじゃない、しっぽり温泉に入るのは旅のゴールにふさわしい。

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ここに行きます!

五郷渓温泉は、もともと壇ノ浦の戦いで敗れた平家の落人が住んでいたそうだ。平家の家紋は「揚羽蝶」である。そして、この記事を書いている地主の家紋も揚羽蝶なのだ。おそらく平家側の人間。諸行無常である

30年前のガイドブックで四国を旅する

ダムがありました! 山の中だ!

栄華を極めた平家が落ちぶれる。地主家もそうなのだろう。地主という苗字なのに一度も持ち家に住んだことがない。平家という文字を見ると地主家がダブり応援したくなる。何より平家の落人は頑張ったのだ。ガイドブックにも載るような温泉を作り出したのだ。

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ないね!

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あ、確実にないわ

五郷渓温泉のいま

五郷渓温泉はなくなっていた。完全になくなっていた。近くにいた人に話を聞くともう何十年も前になくなり、その後は廃墟になっていたけれど、それもなくなり現在は更地になったそうだ。痕跡があるとすれば、「五郷渓温泉」と書かれた石碑的なものぐらい。

30年前のガイドブックで四国を旅する

唯一の痕跡

五郷渓温泉は1968年に四国新聞社が選定した「新さぬき百景」にも選ばれている。最盛期は朝も夜もないくらいにバスが来て、タクシーも行ったり来たりしていた。まさに千と千尋の神隠しの湯屋みたいな状態だったのだ。

30年前のガイドブックで四国を旅する

でも、今はありません

平家の結末はいつもこうなのだろうか。滅びて終わる。この旅のゴールと決めていた温泉もなくなった。せめて美味しい食事を食べようとガイドブックを見ると「狩場焼」というものを発見した。

30年前のガイドブックで四国を旅する

これです!

狩場焼は、竹筒に入ったカッポ酒を飲みながらイノシシと山菜を焼いて食べる料理。豪華じゃない。旅の終わりにふさわしい。ただ読み進めると「五郷渓温泉ホテルの名物」とある。つまりだ。

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ないね

五郷渓温泉にまつわるものは何もないのだ。「狩場焼」はジンギスカンを焼く鍋のようなもので、イノシシ肉を焼いて食べる料理だったらしい。地元の方に話を聞くと、「味は別に普通だな」と言っていた。

30年前のガイドブックで四国を旅する

今はないんだけどね

つまりこの旅のゴールは、何もない空き地、ということになる。温泉も食事もないのだ。平家っぽい終わりで実に地主家らしい終わりだ。次の旅で巻き返したい。平家もいつか源氏になるのだ。地主もいつか持ち家に住むのだ。最寄駅まで徒歩20分の賃貸から卒業するのだ。

30年前のガイドブックで四国を旅する

そんなことを心に決めた旅でした!

ということで、30年前のガイドブックで四国を巡った。今を知りつつ、過去を知ることもできるので、タイムスリップしたような、ロマン感じる旅だったと思う。古いガイドブックで旅に出るのもいいのではないだろうか。もっともこのガイドブック1万円くらいするんだけどね。高い!

 

◆かんおんじ観光ガイド
香川県観音寺市有明町3番37号
TEL:0875-24-2150
FAX:0875-23-0404
http://kanonji-kankou.jp/

今月の旅のMAP

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この記事を書いた人

地主 恵亮

地主 恵亮  

1985年福岡生まれ。基本的には運だけで生きているが取材日はだいたい雨になる。2014年より東京農業大学非常勤講師。著書に「妄想彼女」(鉄人社)、「インスタントリア充」(扶桑社)がある。

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