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私はまだ、その日常を知らない vol.1

平凡な日々を送る私が標高3,776mからみた景色①

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この連載は... 夫の留守中、日本一の山をひとりで登る。ある日そう思い立った私<早苗>は、家事を全て投げ出し、富士山頂を目指した。平々凡々な結婚生活。刺激のない毎日。そんな日々に辟易としていた私は、そこで登山ガイドの美津子と出会う。美津子との会話、富士登山を通して、私が見たものとは…?「ねえ、それって誰にとっての普通なの?」”富士山”を舞台に、正反対のふたりを描く短編ストーリー。

私はまだその日常を知らない

結婚をすれば、揺るぎない幸せを手にいれることができるのだと、私は信じていた。

夫である康晴と籍を入れてから丸四年。

最初のうちこそ、愛する人と毎日顔を合わせ、週末になれば一緒に出かけ、心躍る結婚生活を送っていた。だがこの一年ほどは、性交はおろかキスを交わすことも殆どしなくなり、いつまでも続くであろうと思い描いていた甘く刺激的な日々は、いつしか平凡な日々へと変化してしまっていた。

大手総合商社に勤め、それなりの容姿を兼ね備える夫。何不自由ない暮らし。

結婚を機に寿退社した会社の元同僚からは、会えば今でも羨望の眼差しを向けられる。
結婚以前の私もまた、彼女たちのような瞳で既婚女性のことを見つめていたのだろうか。

「結婚をすれば、揺るぎない幸せを手にいれることができるのだ」と、疑うことを知らない期待に満ちた眼差しで。

私はまだその日常を知らない

「ねえ、聞いてえ。この前の合コンが、本当ありえない男ばかりでさあ」

大学時代の友人が久々に集まった週末の昼下がり。

「大企業に勤めてるって聞いたから美容室に行ったり気合い入れてったのに。まあ、期待外れ。しかもその合コン、きっちり割り勘だったんだから。本当、時間もお金も無駄にした。あーあ。あんな素敵な旦那さんと結婚できた早苗が羨ましいよ」

髪の先をいじりながら友人のひとりが顔をゆがめて訴える。
横を見ると、まわりの友人もまた「そうそう」と相槌を打っている。

今の私からすれば、「時間もお金も自由に使えるあなたの方がよっぽど羨ましいよ」と言いそうになったが、「あー、幸せになりたい」と口を尖らせる彼女には無用なことだと思い、言葉を飲み込んだ。

そうは言っても私自身、何も結婚自体を否定するつもりはないし、特段の不満があるわけでもない。安定した毎日を過ごす。結婚生活とはそういうものだと納得することもある。

けれど物足りないのだ。つまらないのだ。だからといって何が足りないのかと聞かれれば、すぐには答えられないのだが。

そんな退屈な日々を送っていたからか。

 

康晴が「明後日から四日間出張だから」とスーツケースに荷物を詰めながら言ったとき、私は無性にどこか遠くへ出かけ、何か非日常なことをしたくなったのだった。

不意に中学の時に国語で習った『奥の細道』の一文が頭をかすめたりもした。

ー松尾芭蕉よ。私も今まさに、そぞろ神に取り憑かれているわよー、と。

そして康晴が出張に出かけた朝。これはもうじっとしていられないと、いっそう強く思ってしまったのだ。

私はまだその日常を知らない

スマートフォンを片手に旅行サイトをめぐり、似通った記事をいくつも読んではスルーを繰り返す。

いつもならば洗濯を済ませ、部屋中の掃除機がけをしているはずの午前十一時。何一つ終わっていない家事を横目に、「夫のいない日くらいサボってもいいじゃない」と自分に言い訳をしブルーライトに溺れ続けた。

行き先が決まってからは早かった。

該当するツアーに申し込み、必要なものを揃えるためにそそくさと出かけた。
翌朝は、まだ陽が昇らないうちに起床し、前の日に準備したバックパックを背負って外に出る。

2リットルの水に、おにぎりやお菓子といった常備食、防寒用の衣服などが詰め込まれ大きく膨れ上がったバックパックはまるで、期待に満ちた私の心をあらわしているようだった。

私はまだその日常を知らない

 

vol.2へ続く» 平凡な日々を送る私が標高3,776mからみた景色②

 

おまけ*早苗のザックの中身をのぞいてみる

本編の主人公早苗が、初の富士登山へ向けて用意したものを一部ご紹介します。
注)早苗が富士登山を決行するのは8月中旬、夏の装備です。冬登山には応用しないでください。

fuji

01 レインウェア / 「山の天気は変わりやすい」という言葉を一度は聞いたことがあると思います。
その言葉どおり、富士山の天気はコロコロと変化します。必ず雨具を用意していきましょう。

02 トレッキングシューズ /  普段履いているスニーカーでいいや。なんて甘い考えはNGです。
ツアーで申し込めばレンタル品として貸し出しがあるので、ぜひ利用してください。

03 ザック / 1泊の登山であれば容量30〜40リットル程度の大きさで足りるでしょう。
ちなみに主人公の場合は、夫康晴が以前購入したバックパックをこっそりと拝借したようです。

04 トレッキングポール / 必須ではありませんが、あると便利です。岩山を登る時は短く、下山する時は長くして持つと楽になります。こちらもレンタル品として貸し出しがあります。

05 グローブ / 山頂に近づくと手がかじかむ程気温が下がります。スキーやスノーボードなど、
ウィンタースポーツで使うグローブのように厚手のものを用意しましょう。

06 ヘッドライト / 朝のご来光を目指して登る場合、夜の真っ暗闇の中を歩くことになります。
替えの電池も忘れないように準備しましょう。

07 常備食 / かさばらず、且つ、すぐにエネルギーになるゼリーなどがあるといいかもしれません。

08 水 / 最低でも1.5リットルは用意していきましょう。山の途中途中でも販売されていますが、
500ミリリットルの水が1本500円と、普段より相場がグンと上がってしまいますのでご注意を。

09 ザックカバー 10 着替えの服 11 サポートタイツ 12 厚手の靴下(最低でも2足分)

そのほか、防寒具や日焼け止めや、帽子など。

「備えあれば憂いなし」という言葉のように、登山をするときにはしっかりと準備をして臨んでくださいね。

今月の旅のMAP

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この記事を書いた人

佐藤 萌

佐藤 萌

1991年福岡県生まれ。法政大学を卒業後、大手人材会社に勤務。
エンターテインメント(小説・漫画・映画・アイドル)をこよなく愛する。忙殺されがちな日々の中で、さまざまな作品を通じて「私生きてるな!」と、心揺すぶられ実感すること多々有り、現在は「作品やそれを創り出す作家に自分の時間もエネルギーも費やしたい!」と以前から抱いていた目標に向かって奮闘中である。

ありきたりじゃない旅Guide

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