メニュー閉じる

ペライチの戯言 vol.1

わたしと、築地と、コーヒーと

  • Facebook
  • Twitter

この連載は... ノルマ達成の重圧に潰され、小さな妄想を繰り返してはうわ言を発してしまう、ペライチサラリーマンの戯言。

ターレットコーヒー

私は、築地で働いている。と言っても、市場で働いているわけではなく、国立がん研究センターで働いているわけでも、朝日新聞で働いているわけでもない。築地という場所とは縁遠い業務に従事しながら、その恩恵を場外市場でのランチや歓送迎会などで享受している、一介のサラリーマンだ。

私はまた、無類のコーヒー好きでもある。美味しいコーヒーが飲めるのであれば一日に数店はしごしてしまうほど、コーヒーの魅力に取り憑かれているといっても過言ではない。月並みな表現でいささか恥ずかしいが、

美味しいコーヒーは、本当に美味しい。

限りなくブラックに近い、深く艶やかなオレンジの液体。そのコクや苦みと酸味、表面に薄く張った油膜のまろやかな甘みや、思わず笑顔になってしまう豊かな香りは、私の体に小さな悦びを注いでくれる。

ターレットコーヒー

ラテを淹れるバリスタの所作にうっとり

しかし、しかしである。多くの場合、一介のサラリーマンには、日々の業務の合間にお気に入りのお店に寄って、ゆっくりとコーヒーを嗜む時間はない。私のような、一介どころかビジネス界という深海の水圧に押しつぶされて体積がほとんどなくなり、カレイやヒラメよりも平らなペライチ社員であればなおさらだ。外出のついでにどうにか馴染みのコーヒー店に寄れたとしても、取引先からの電話に対応したり、次の打ち合わせの準備に追われたりしてしまうため、コーヒーを楽しむ余裕がなく、真摯にコーヒーを淹れてくれたお店の方に申し訳なくなってしまうほどだ。駅前など立地が最大の売りであるチェーンの喫茶店であっても、目の前の仕事に精いっぱいで、コーヒーの味すらほとんど覚えていない始末である。

そんな、ナノミリ単位の極薄社員であり、漁船で水揚げされたばかりの魚のように口をパクパクしながら築地でコーヒーを欲している私にとって、オアシスともいうべき場所がある。それは、「ターレットコーヒー」だ。

ターレットコーヒー

真っ赤なベンチが目印の「ターレットコーヒー」

ターレットコーヒー

「ターレットコーヒー」の名前の由来は、市場内を走る荷役用の運搬車ターレットトラックから(きている)

築地本願寺の筋向かい、新大橋通りの控えめな脇道を一本入ったところに、「ターレットコーヒー」はある。オープン4年目を迎えたこのコーヒー店は、ひっそりと佇むというよりも、築地にそっと寄り添って、質の高いコーヒーを提供し続けてきた。オーナーバリスタは、川崎清氏。 澤田洋史氏が率いた、ベンツとのタイアップなどでも知られるSTREAMER COFFEE COMPANYでも修業していた川崎氏は、親しみを込めて師匠、と呼ばれている。

ターレットコーヒー

オーナーバリスタの川崎清師匠

師匠は、学生時代陸上の選手だった。厳しい練習の息抜きとしてコーヒーを楽しんできたことがきっかけとなり、某有名コーヒーチェーン店でバリスタとしてのキャリアをスタート。オーナーバリスタとして出店場所を選ぶ際、築地という土地柄もさることながら、古巣である某有名コーヒーチェーン店の隣という立地をあえて選んだという。

「今まで育ててくれた恩返しのためにも、ここから挑戦して超えていきたいと思った。ここが理想の場所です」

そう語る師匠の手は、ひたむきな職人の手だ。この手が生み出す「ターレットコーヒー」の味は、築地を訪れるさまざまな人を魅了している。市場や近所のオフィスで働く人々から観光客まで、師匠のコーヒーの虜となっている人は少なくない。初めて訪れた1年後に、わざわざ再訪してくれる海外のお客さんもいるという。

ターレットコーヒー

研鑽を積んだ師匠の手

築地は、不思議な土地だ。外国人観光客の増加や市場移転問題と、何かと話題になっている築地市場が、現代の築地の中心であることは疑いようもないが、歴史的に見ても時代の潮流に翻弄されるのは今回が初めてではない。江戸時代に、明暦の大火によって焼失した浅草の西本願寺の代替地として造成されたこの埋立地は、その後外国人居留区として機能したり、第二次世界大戦が終戦するまでは海軍用地として使用されたりと、日本近代史の語り部でもあるのだ。築地市場が形成されたのは関東大震災からの復興がひと段落した1935年となり、終戦後の1950年頃には出荷量も大幅に増え、現在の形になったとされる。

高度経済成長期やバブル崩壊、リーマンショックなどの経済環境に一喜一憂する華やかな銀座と、東京の下町として長く親しまれている月島や勝どきのちょうど間に位置する築地は、一般庶民のつつましくもあたたかな台所から、高級料亭で供される絢爛な懐石料理までを支えてきた、生き証人だ。

ターレットコーヒー

エスプレッソ用のおちょこは滋賀県米原市の師匠の実家に保存してあった年代もの

築地と、コーヒー。一聴しただけでは、その関係性を推し量ることは難しい。築地というとやはり「魚」や「青果」が真っ先に浮かんでくる一方で、コーヒーというと近年のサードウェーブコーヒーといったトレンドもあり、表参道や青山といった土地が浮かんでくる。それでも「ターレットコーヒー」が、築地という場所に居を構え続けているのは、なぜなのか。

それは、主力商品であるサバのDHA入りマキアートや、お米を混ぜて焙煎したスシコーヒーの仕入れコスト削減のため、そして口数は決して多くはないものの日々自分の限界に挑戦し続ける男前な師匠と、師匠を一途に支えんとする銀座のチーママの甘美で艶めかしい関係のためなのだ。

…というのは、嘘である。真っ赤な嘘である。面目ない。いや、師匠が男前であることは嘘偽りないし、好きなことに真っすぐなその姿勢に惚れ込んでしまう女性がいたとしても何ら不思議ではない。しかし「ターレットコーヒー」にこうしたメニューは存在しない。

ノルマ達成の重圧に潰され、小さな妄想を繰り返してはうわ言を発してしまう私は、もはやフィルムやラベル業界も検知不能と騒然の薄さだ。嗚呼、新橋の赤ちょうちんが遠くにかすむ…。

話をもとに戻そう。「ターレットコーヒー」が築地に在り続ける理由は、この土地を行き来する人々を支えたいという師匠の心意気に他ならない。それは、「ターレットコーヒー」のスタッフとして働く内田真紀さんの証言からも明らかだ。元々はウェディングプランナーとして働いていた内田さんは、常連として「ターレットコーヒー」に通い続けるうちに、「ターレットコーヒー」と師匠が築地の人々の日常を支える様を見て一念発起し、師匠にスタッフとして雇ってほしいと懇願した。内田さんの申し入れをあえて一度断ったという師匠は、こう語る。

ターレットコーヒー

スタッフの内田真紀さん。築地を見守る優しい笑顔

「情熱を持っていないと続かないんです。一度断られたくらいで諦めてしまうのではもたない。なので、いつも最初は断ることにしています」

しびれる。実にしびれる。

師匠のこうしたひたむきさは、お店の運営方針にも反映されている。「こういう場所に憧れを持って来てくれる以上、活躍の場を与えたい。働くスタッフのことも考えて設定した」という閉店時間は、このご時世に珍しく18時。その代わり、朝7時に開店し、これから働くサラリーマンや、仕事が終わった市場関係者の一日を応援している。

「自分の納得する味を出すのが一番大変」と謙虚にはにかみながら、師匠はどんなコーヒー好きをも満足させるラインアップを揃えている。上質なカカオを使用した、ダークチョコレートを思い起こさせるエスプレッソから、口当たりが爽やかで甘さ控えめなハワイアンソルトキャラメルラテ、一番人気であり看板商品のターレットラテ、さらには「コーヒーに合う!」と自信を持ってすすめるオリジナルのどら焼きまで、「ターレットコーヒー」はリピーターも飽きさせない。

ターレットコーヒー

ラテにはソイミルクを選べるのもうれしい

ターレットコーヒー

ハワイアンソルトキャラメルラテ。師匠のおすすめはアイス

ターレットコーヒー

ターレットラテ。オリジナルのどら焼きといただくと、しあわせが広がる

私にとって、美味しいコーヒーをすすりながら、とめどなくあれこれと考え事をする、もしくは何も考えない時間は、至福だ。たとえば、読んでいる小説の主人公になり代わってヒロインをかっこよく救い出したり、いまだ訪れたことのない憧れの地に思いを馳せたり、久しく会えていない祖母の笑い皺を思い出したり…私の場合、美味しいコーヒーは、想像力を引き立たせてくれる、ある種の催眠剤でもある。

これまでにも幾度となく言われていることだが、良質なコーヒー店が提供するのはこだわりのコーヒーだけではなく、コーヒーとともに過ごす時間だ。お店の中で楽しむのであれ、テイクアウトで楽しむのであれ、その過ごし方は人それぞれであっても、コーヒーが時間に添えてくれるほろ苦さは、人生そのものの味ではないか。「ターレットコーヒー」に支えてもらいながら、私は今日も築地という場所で働く。築地で生きる私には、なくてはならない味。

ターレットコーヒーと、築地と、わたしの関係は、これからも続いていく。

 

ターレットコーヒー

ターレットコーヒー

ターレットコーヒー

ターレットコーヒー

ターレットコーヒー

ターレットコーヒー

ターレットコーヒー

ターレットコーヒー

<作者不詳>

 

*Turret COFFEE(ターレット コーヒー)
東京都中央区築地 2-12-6 SK東銀座ビル
TEL: 080-3344-8819
OPEN: 7:00~18:00、日祝12:00~18:00(不定休)
https://www.facebook.com/pages/Turret-COFFEE/246487438833546

今月の旅のMAP

1/1

                                        

この記事を書いた人

chieiren

chieiren  

Wanderlust(ワンダーラスト)編集長。1991年生まれの博多っ子。コーヒーとチョコレートが大好きです。

ありきたりじゃない旅Guide

Wanderlustのアカウントをフォローして
連載を見逃さずに読もう!

facebook

twitter

instagram

TOPへ