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千年間のまばたき vol.1

山梨増穂の陶芸工房で、縄文のエネルギーと出会う旅①

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この連載は... 山梨県の標高800mの山中にある「増穂の登り窯」での陶芸体験。1000年生きるスギの木、縄文の暮らしの息づく秘境で、大地のパワーに触れる癒しの旅。

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翡翠色をした透き通る木々が、車の両側から波のように押し寄せる。

私は獣になった気持ちでぐねぐね曲がる山道を、左に右に揺れながらどんどん登って行く。

山梨県富士川町(旧増穂町)は山々に囲まれた自然豊かな町だ。東京から1時間半。200年続く酒造や町営の温泉があり、渓流釣りが楽しめ野菜や果物が美味しい。

今、私はその富士川町から山の上を目指して車で向かっている。

芸術家・池田満寿夫の残した「増穂登り窯」で陶芸体験のワークショップに参加するためだ。

 

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池田は銅版画・書道・文学・彫刻など、あらゆるジャンルで独自の表現を追求した大芸術家だ。彼が晩年に陶芸に没頭したことはあまり知られていない。

彼は理想の作品づくりを目指して山梨県の標高800mの山中に工房を構え、その地で陶器を焼くために独自の窯を建設した。電気を使わず近隣のスギやヒノキの間伐材をエネルギーとし、四方八方から火を入れて焼き固める(通常の窯は入り口が一つだけ)「満寿夫八方窯」だ。こんなにユニークな窯は世界広しといえどもここにしかなく、世界中の愛陶家たちから熱い視線が注がれているらしい。

 

……と、ここまでエラそーに説明したが、実は私は陶芸ってやったことがない。

池田満寿夫のことも実は知らなかったし、八方窯と言われてもピンとこない。

にもかかわらずなぜ来たかというと、普段絵を習っている絵画教室「アートアンドブレイン」の齋藤良枝先生がこう言ったからだ。

 

「増穂の登り窯はとにかくすごい!大地のエネルギーを浴びて、そこでしか創れないものが創れるのよ」

 

いったい何がどうすごいのかわからないが、とりあえず私は行くことにした。

だってほら、たまには田舎の宿泊体験とか、してみたいし、温泉にも浸かりたいし。

 

ところがどっこい、私たちがたどり着いた場所は、田舎どころかとんでもない山奥だった。

山梨県の市川大門駅から車で30分。なんてったって標高800mなのだ。コンビニもなければスーパーもない。あたり一面、鬱蒼と樹木の生い茂る山々である。

 

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ここまでくるともう、人間より自然の方が圧倒的に強い。

視界を覆う葉の色はどんどん濃く、複雑になってゆく。それでもセロハンやらガラスやらを何種類も重ねたみたいに透明で、隙間じゅうから光をこぼし、私たちを柔らかく包み込む。まるで緑色の海の底にいるみたいだ。山腹を拓いた道の端からは、冴え冴えとした空の向こうにうっすらと富士山がそびえるのが見え……。

 

「わあ、こんなところにあるの!」

 

私は思わず声を上げた。

 

山の中腹にある狭い平地にその山小屋は建っていた。
建っている、っていうより木々の間に潜んでいる、って感じだ。まるで大地と森と一体化しようとしているみたい。背後にはかすかにざあざあと川の音が聞こえる。小屋のすぐ裏に川が流れているのだ。

 

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故・池田満寿夫の遺した増穂の登り窯。

 

現在は池田満寿夫の陶芸仲間だった太田治孝さんという方が、遺志を継いで工房を主催しているそうだ。

 

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ここに来るまで私は仕事のことで悩んでいた。最近だけじゃない。ここ数年ずっとだ。

エッセイストとしてデビューして2年。憧れの仕事についたはずなのに、なんだかちっとも楽しくない。

「これは編集者さんに面白いと思ってもらえるかな?」「他の作家と言っていることがかぶっていないだろうか?」「この前の記事はイマイチ読まれなかった……」頭の中は常にパンパンで、いつも他人の評価を気にしてビクビクしている。

消費されるものを作っているのだからしょうがないって自分を納得させているけれど、いくら働いても手ごたえがない。車輪を回し続けるハムスターみたいで虚しい……。

 

そういう悩みを抱えてこの工房に来たのだが、着いた途端どういうわけだかそんなもんは全部吹っ飛んでしまった。

 

ここは磁場が違う。

どわあ、と頭上から降り注ぐ自然のエネルギーに、頭を掴まれてグワングワン、揺さぶられているみたいなのだ。

眠気がどっと押し寄せて、今までキリキリ締め上げていた身体中の骨と骨のすき間が一気にゆるんだみたいで、力が入らない。

なんでだろう、体が勝手に溜め込んでいた緊張を捨てようとしているみたいなのだ。

 

出迎えてくれた太田治孝さんが、私たちを工房に招き入れてくれた。

 

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太田さんはクマみたいなオヤジだ。そわそわとせわしなく動き回り、豪快に笑う。絶えずブツブツ何かしゃべっているが、何を言っているのかさっぱりわからない。

 

「この前さあ、韓国の有名な女性の学者が来たんだよ、そんで2週間ここへ泊まってさ、日本語話せないけど、仲良くなって、僕なんかすっかりラブリーになったと思っちゃってさ、冗談で肩に手なんか回したら、ギャーッ!!ポリスメン!なんて叫ばれてさ、何言ってんだい、こんな年寄りがさ、何するってわけでもないのにサァ……何い?あんた、韓国でも本出してんの?ふーん、ま、そういうわけだからさ、あんたの本も、ま、きっと、売れないね」

と、終始こういう感じなのだ。

私は来る前から「山奥の陶芸家なんて、きっと偏屈でわけわかんないオヤジに違いない」と思っていたが、全くその通りだった。

 

けど目はキラキラしていて、不思議なパワーがある。

 

「いいかあ、ここでやんのはさ、工芸じゃないんだよ。造形なんだ。きれいなものなんて、作ろうとするな。この環境の中で、自然と浮かんできたものを、作ればいいんだよ。こんな標高800mのところで作陶できるのなんてさ、うちだけだからね」

 

そう言って太田さんは、なんだかわけがわからないオブジェみたいなものを見せてくる。

 

確かに、ここにあるのは皆へんてこなものばかりだ。

シーサーみたいだったり、女性器みたいだったり、顔のない人形みたいだったり。

皆、どことなくエロティックで野生的な感じがする。小鉢やぐい飲みですら作った人の腕のこわばりや粘土をこねる指圧が伝わってきそうな、ひだやくぼみを持っている。

きれいなものを作ろうとして出る線じゃない。カラダ的で、生っぽくて、エッチな感じなのだ。

 

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全部、過去にここを訪れた人たちの作品だそうだ。皆、最初はキレイなお椀とか茶碗を作りたいと言っているけれど、来た途端にあらかじめ用意していたアイデアがぶっ飛んで、不思議とこういうものを作りたくなるらしい。

 

私も陶芸って、キレイでつるんとしたものだとばかり思っていた。けれどここにあるものは全然違う。不定形でわけがわからなくて、恐ろしいくらいに自由だ。

 

なんだ、ここ?

 

池田満寿夫はものすごいパワーと美的な感性を持ちながら、若い頃にはなかなか日本の芸術界で認められなかった人物らしい。

銅版画では1966年にヴェネツイア・ビエンナーレの国際大賞を受賞しているにもかかわらず日本のアート界は冷たく、小説では芥川賞まで取ったのに「画家ごときが賞を取るなんて」と散々な言われようだったそうだ。

 

そうまでされてなお、なぜ彼は死ぬまで自分の表現を追求しつづけたんだろう。

その圧倒的なパワーはいったい、どこから来るのだろう?

 

vol.2へ続く» 正解のない世界を生きる

 

◆増穂登り窯
〒400-0514 山梨県南巨摩郡富士川町平林2144−4
TEL:0556-22-8941
FAX:0556-22-8942
http://masuhonoborigama.com/

今月の旅のMAP

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この記事を書いた人

小野 美由紀

小野 美由紀  

作家。1985年東京生まれ。著書に絵本『ひかりのりゅう』『傷口から人生。~メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』『人生に疲れたらスペイン巡礼 飲み・食べ・歩く800キロの旅』がある。趣味はサーフィンと琉球空手。

ありきたりじゃない旅Guide

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