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新潟県の老舗米屋に移り住んだ女性ユニット「コメタク」の物語 vol.2

手探りで見つけた「好きなものに囲まれる暮らし」

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この連載は... 縁もゆかりもない土地に移住してしまった人がいる。故郷でも東京でも海外でもない、全然関係ない日本の”地方”へ。地元に帰るか東京かの2つの選択肢がなかったわたしには未知の世界だ。彼らが何を思い、感じ、考えて、その選択をとったのか。新しい世界を拡張させてもらいたくて、わたしは彼らの話を聞きに旅に出る。

コメタク

前回からお伝えしている縁もゆかりもない新潟県の内野という町に移り住んだ若い女性3名。

▽前回までのあらすじはこちら▽
自分たちの「ていねいな暮らし」を形に 新潟県の老舗米屋に移り住んだ女性ユニット「コメタク」の物語

「ていねいに暮らしたい」という3人共通の想いを持ち、活動を続けていく中で見えてきたものとは。

手と足を動かして得た、確信

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地域の人と少しずつ関わりを持ちつつ、ブログでの情報発信やSNS上でのコミュニティづくり、さらには地元での小さいイベントを地道に打ってきたコメタク。

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店頭にも立ち、店主の飯塚さんが、訪れる地域の方々の体調や、よく食べる料理を聞きながら、その人にピッタリの銘柄や独自の「ブレンド米」をオススメするのを見ていた。

そんな活動を続けるうちに、その輪は自ずと内野から新潟市周辺にまで広がりを見せ、彼女たちの活動は地元でも徐々に知る人が多くなってきたという。

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色々な試みを続けてきたコメタクだったが、転機となったイベントがいくつかあった。その1つは、新潟市の中学校1年生向けに行った、お米の食べ比べイベント。銘柄を伏せて炊き立てのご飯を出し、どのお米が好きか答えてもらうというもの。参加者の大半が、地元のお米を「おいしい」と答えたときのことを愛梨さんはこう、振り返る。

「高級で有名な銘柄のお米は他にもたくさんあったんです。それなのに多くの生徒さんが地元のお米を“おいしい”と言っていた。中学生であっても、小さいころから慣れ親しんだ味をおいしいと感じられることがすごいなって、すごく感激してしまって」

中学校でのお米の食べ比べイベントを経て、自分たちの活動に意義を感じたという愛梨さん。コメタクの活動も軌道に乗り始め、地元テレビでも取り上げられる人気ぶり。そんな折、もう1つの転機が訪れる。

その転機とは東京でのイベント。2016年に荻窪の六次元で行われた「お米の食べ比べイベント」だ。メンバーの1人である、有希さんの繋がりで実現したイベント。初の東京でのイベントとあって、メンバー一同いつも以上に気合を入れて臨んだが、実際に当日会場に行くまで、愛梨さんの心からは不安が拭えなかった。

「東京という土地に漠然とした恐怖感があったんです。少なくともわたしたちが考えているようなことは到底受け入れてもらえないだろうと思っていました」

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▲コメタクのメンバーがいつも食べている飯塚商店さんのお米

期待と不安、一升炊きの炊飯器を抱えて上京した3人だったが、イベントは超満員。色々な種類のお米を食べながら談笑をする参加者の様子を見て、愛梨さん含めたコメタクの3人は安堵と嬉しさで涙した。

「内野のようなコミュニティでしか受け入れられないと思っていた価値観が、東京に住んでいる人と共有できたと感じた瞬間でした。東京に住んでいる人も、近しい考え方や悩みを抱えながら生活しているんだなとわかって、うれしかったんです」

大学時代に感じた「一人で暮らすこと」への違和感をおざなりにせず、しっかりと向き合ってきた愛梨さんの1年間。暗闇の中、文字通り手探りで触れる形のないものの正体を突き止めた瞬間だったのかもしれない。

 

綿毛はまた別の土地へ コメタクの「次のステージ」

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内野に移り住んで1年半。愛梨さんは内野の人々との関わりの中で自らの理想の生き方を少しずつ形にしている。

「週にほかは固定のお仕事というものはなくて、自由に現金収入を得ています。近所のお店の方に“愛梨ちゃん、ちょっと手伝ってよ”と言われて手伝いにいったら、お小遣いをもらえたり、食べ物をもらえたりとか(笑)。ご飯が食べられて、雨風しのげる家があって、最低限のお金を稼げたらそれでいいので、そのほかは自由に活動できる時間にあてています」

そう語る、愛梨さんの表情は晴れやかだ。

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また、1年半活動を続けてきたコメタクは次のステージに進んでいる。それは、創業90年にもなる飯塚商店のリノベーションだ。確かに年季の入った歴史が感じられる建物ではある。しかし、急いで建て直しする必要もない中、なぜこのタイミングでリノベに踏み切ったのだろうか。

「活動を始めてから9カ月くらいまでの間、飯塚さんの米を食べてもらったり、マルシェなどで出張販売しに行ったりしていましたが、一番届けたいと思ったのは“飯塚さんの人柄”や“飯塚さんから買うという行為”だということに気づいたんです。米の育て方とか、農薬のこととか、精米方法とか、聞かれれば私たちでも答えられるけど、それはあくまでも伝達でしかなくて」

流通経路が発達し、クリック一つで自宅まで商品を届けてもらえる時代だからこそ、“誰から買うか”が大事と愛梨さんは言う。

「『この人から買うからおいしい』ってあると思うんですよね。その商品を愛している人から直接渡されたほうが愛着が湧いたりするように。服だったらお気に入りになるし、食べ物だったらそのほうがおいしく感じる。もちろん、それは飯塚商店だけじゃなくて、内野の商店街で買う商品全部に言えることだなぁって。些細なことだけど、好きなものに囲まれて暮らしたらそれだけでうれしいし、幸せだなあって」

内野で暮らして見つけた小さな、しかし尊い幸せ。その気づきを、他の人たちにも知ってもらい、少しでも楽に、楽しく生きてもらえたら。

そんな思いを形にするべく、内野の生活を疑似体験できる方法として、飯塚商店さんのリノベーションを思いついた。

奇しくも愛梨さんは都市計画専攻。内装デザインや空間づくりに興味があった大学時代からの興味関心がここでも線でつながった。

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▲芽衣さんの描いたデザイン

リノベーションするにあたっては、デザイナーの茂木芽衣(もてきめい)さんも参画。元々グラフィックをはじめとした平面のデザインを中心に行ってきた芽衣さんだったが、立体のデザインはほぼ初めてとのこと。

リノベ初心者の4人は地元の大工さんに相談に行くことに。

「飯塚商店さんはうちの親分が建てたものだから、俺らはいじれねぇぞ」

そう言って一度は断られたものの、毎日のように様子を見に来てくれた大工さん。親分への敬意を表すため、最後まで手を加えることはしなかったが、それでもアドバイスをくれるなど、力になってくれたと言う。

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また、「内野と一緒に歩むという想いを表現したい」という想いから、内野の人々の家にあるいらないお皿を割り、壁のタイルにするアイデアを思い付いた彼女たち。地域の人たちにからはお皿と、作業着として使えるいらなくなった服、タオルなどがたくさん集まった。

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取材をした8月には近所の人も心配するほどの進捗だったが、10月には無事に竣工。多くの人が集まり、コメタクが作りたかった理想がまた1つ形になった。

コメタクで今後やっていきたい活動は何ですか、との質問に愛梨さんはこう答えてくれた。

「好きなもの、人と暮らす提案をコメタクは続けていきます。自分たちも実験台。それから、今後、『内野暮らし研究員』としてコメタクの仲間を増やしていく予定です。その人たちといろんな『ともにある暮らし』の実験をしていきたいですね。それからコメタクをしていて学んだことは、内野以外でも実践できることなので、それぞれが全国各地で実験を積み重ねていけたらいいなぁと思います」

大学時代に抱いた違和感の“種”は、内野の土地で根を張り、また次の土地へ種を飛ばそうとしている。強い直感で移り住んだとは言え、最初は心もとないものだったかもしれない。また、次の土地でも、うまく事が運ぶかはわからない。

しかし、不思議なことに、どこか確信にも似た感情がこちらに湧き上がる。

一人で暮らすことへの疑問を晴らすために、コメタクを訪ねた。明確な正解などはない。しかし、ほりっこちゃんの表情が彼女自身の答えを物語る。

好きなものや好きな人と暮らす提案。シンプルかつ当たり前なようで、ぜいたくな生活。お金では買えない生活の豊かさというアンサーを新潟県内野のコメタクから受け取った。

 

つながる米屋 コメタク
http://kometaku.net/wp/

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この記事を書いた人

佐々木 ののか

佐々木 ののか  

1990年北海道帯広に生まれる。筑波大学で国際開発学を学び、新卒でカバン屋に就職後、2015年6月より現職。ライター業では突撃取材に定評があるが、ジャンル・テイスト問わず幅広くこなす。共感性の高い文章を書くのが得意で、人間の葛藤や一見醜い感情に興味を惹かれる。関心があるテーマは、新しい夫婦・家族・関係性など。Wanderlustでは、「旅」をテーマにしたエッセイや小説を執筆していく予定。
Twitter @sasakinonoka

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