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新潟県の老舗米屋に移り住んだ女性ユニット「コメタク」の物語 vol.1

自分たちの「ていねいな暮らし」を形に

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この連載は... 縁もゆかりもない土地に移住してしまった人がいる。故郷でも東京でも海外でもない、全然関係ない日本の”地方”へ。地元に帰るか東京かの2つの選択肢がなかったわたしには未知の世界だ。彼らが何を思い、感じ、考えて、その選択をとったのか。新しい世界を拡張させてもらいたくて、わたしは彼らの話を聞きに旅に出る。

コメタク

――1人暮らしが窮屈に感じるようになった。

1人暮らしは自由だ。何を食べても、何時に寝ても、どんなに部屋を汚くしていてもいい。部屋の中を裸で行き来したって、誰にも不快な思いをさせない。

わたしも高校卒業後からそんな風に、8年ほど1人暮らしを謳歌してきた。

だけど最近、そんな自由がかえって窮屈に思えてきた。

行き止まりの壁を前に窒息寸前、という感覚。

そんな矢先、同じ学科の先輩からメールが来た。

学生時代、わたしがロクなものを食べていないときに、おうちに呼んでくれて自炊した料理を食べさせてくれた先輩。同じ国際学科の先輩なのに、今ではイタリアンのシェフになっている。

大好きだったけれど、学生時代から頻繁に遊んでいたわけでも、社会人になってから連絡を密に取り合っていたわけでもない。そんな先輩から来たメールには、こう書かれていた。

――ほりっこちゃんに、会いに行かない?

また、意外な名前だった。

ほりっこちゃんというのは、私や先輩の後輩にあたる女の子で、都市計画を学んでいたのに縁もゆかりもない新潟に移住して米屋で働き始めた“異端児”。愛嬌のある可愛い後輩だったが、わたしもそれほど親しくしていたわけではない。だけど、先輩は言う。

――彼女の生き方にすごく共感できる気がするし、彼女の生活を直接見てみたいの。ののかちゃんとも合うと思う。

そういえば、彼女が新潟に渡ることにした理由をきちんと聞いたことはなかった。新潟に行くのだと話を聞いたときは、大丈夫かなと少し心配になったのを覚えている。でも、Facebookで見る限り、地域の人たちとすごく楽しそうにやっているように見える。

わたしの息苦しさを解決する“ヒント”がそこにあるかもしれない。

――行きます。

わたしは二つ返事で、新潟県は内野という町に飛んだ。

 

一人暮らしをして感じた、小さな「違和感」

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ほりっこちゃん、本名 堀愛梨(ほりあいり)さんがいる「内野」という地域は、新潟駅から在来線で30分ほどのところにある静かな町。降り立つと、田舎に帰ったような、不思議とどこか懐かしい気持ちになる。古くは江戸時代に交通の要地として栄えたこの街は、都会ではあまり見かけることのない「味噌屋」、「加工食品店」などの食の専門店が立ち並ぶ。

愛梨さんは、福井県出身。新潟に身よりがあったわけではなく、大学卒業後すぐに移住を決め、しかも現在は内野のお米屋さんで働いている。

年の離れたお兄ちゃん2人の下に生まれた末っ子で、両親、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らしていた。

「両親は共働きだったんですけど、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に住んでいたので、いつも誰かしらは家にいたんです。だから寂しいと思ったことは一度もなくて」

そんな中、茨城の大学に進学した愛梨さん。一人暮らしを始めたときある違和感に気づく。

「寂しい」

愛梨さんが通っていた筑波大学のほとんどの人は大学周辺に家を借りて住んでおり、学生街が広がっていた。終電文化がなく、一人暮らしをしていても、友達に会おうと思えばすぐに会える。それでも、誰かと暮らす生活が恋しかったと言う。

楽しい日々を送りつつも、悶々とした気持ちが消えない中、愛梨さんも就職活動に突入。都市計画を勉強し、また、明るく華やかな愛梨さんはゼネコンや空間デザイン会社の営業を勧められることも多かったというが、“何か”が引っかかっていた。何かはわからないのだ。しかし、圧倒的な何かだった。

結局、理由がわからないままに、就職活動を中断。色んな人に会ったり、インターンをしてみたりするなど、新しいことを始めて刺激を得たが、進路は一向に決まらない。就職先を決め、手放しで最後の学生生活を謳歌する同期たちを横目に、愛梨さんの気持ちはどんどん萎んでいった。

そんな矢先、インターンがきっかけで知り合った1人の男性から、とある提案を受けることになる。

「新潟で米屋さんやらない?」

コメタク

聞けば、住宅街には若い人がいるものの、商店街は過疎化が進み、店じまいしてしまうお店も多いとのこと。新潟の内野という町で90年続く老舗の米屋さん「飯塚商店」も継ぎ手を探している、という話だった。

男性曰く、愛梨さん以外にも2人、ぴったりだと思う子に声をかけていて、3人で共同生活をしながら米屋さんはじめたら、何か面白いことになるんじゃないかなと思って、とのこと。

突飛な提案に聞こえるかもしれない。しかし、愛梨さんの直感は即座に反応した。

――これだ、行こう!

親御さんや周囲の人に「もう少し考えたら」と一度は止められたものの、愛梨さんは移住を選択。「面白そうだと思ったし、何も心配していなかった」と当時を振り返る。

周りの同期が就職する中、大学卒業と同時に、愛梨さんは新潟県内野へ移住した。

 

ファッションではない、自分たちの「ていねいな暮らし」を探して

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愛梨さんが卒業してすぐの2015年4月、仲間たちと一緒に内野へ移住した。今も一緒に生活をともにしている吉野さくら(よしのさくら)さんと、井上有希(いのうえゆき)さんだ。さくらさんは宮崎県出身、有希さんは東京都出身。やはり堀さん同様、新潟には縁もゆかりもない。

そこで3人がしたことは「どういう価値観で生きていきたいか」という価値観のすり合わせ。しかし、初めて顔を合わせた3人なのにも関わらず、「ていねいに暮らしたい」という共通の想いに行きつくまでは早かったと言う。

ただ、広く社会に流布している「ていねいな暮らし」をなぞるのは、求める理想とは異なっていた。

コメタク

▲作業を続ける愛梨さん(左)とさくらさん(右)

「“ていねいに暮らしたい”というのが、3人が持っていた共通の想いでした。でもていねいに暮らすやり方がわからなくて。雑誌に載っているような生活はどこか遠くて、自分たちのできることじゃなさそう。しかもどこか流行っぽくて、ファッション(=一過性のもの)みたいな部分がある気がして」

愛梨さん含め、“違和感”を繊細に感じ取れる3人。妥協することなく、「“自分たちらしい”ていねいな暮らし」について連日話し合いを重ねたという。「ていねいって何だろう」と考えに考えて、ある結論―誰かとともにある暮らし―にたどり着く。

それは愛梨さんが一人暮らしを始めた大学生活の間じゅう、ずっと感じていた違和感の答えでもあった。そして、それは、3人がここ新潟内野の「飯塚商店」に集められた理由ともしっかりと紐づいていた。

コメタク

「誰かとともにある、ていねいさの一つが『米を炊く』ことだって気づいたんです。しかも、家にあるものでできるから、すぐに真似できるし、誰にでもできる。それでいて、誰かのためを想った、誰かとともにある行為ですよね。これこそ、わたしたちが実践していきたいことなんじゃないかと思いました」

自分たちが何を大切にしていきたいか、どんなことを形にしていきたいかを話し合ううち、愛梨さんの中の「自分が求める人生の輪郭」が浮き彫りになる。

4月を迎え、本格的に移住してからはまず、ご近所さんの挨拶回りを始めた。

「引っ越してきたので、よろしくお願いしまーす! 飯塚商店さんにいまーす!」

身寄りがあるわけでもない、田舎町に突然越してきた謎の若い女性3人組。歓迎する人もいれば、不思議そうに首をかしげる人もいた。

事実、彼女たちには明確な肩書きも、その土地での何かしらの実績もなかった。まだ耕されてもいない“まっさらな土地”。何をつくるか、どうつくるか、何も決まっていなかった。

そんな3人が考えたユニット名は「コメタク」。

「私たちは声を上げて、 “米を炊くこと”を実践していこう!」という、そんな願いが込められた。

――一人で生きることのハードルがどんどん下がっている時代。だからこそ「誰かとともに」暮らすという豊かさが選択肢としてあってもいいんじゃないか。

2015年4月、コメタクのチャレンジが始まった。

 

つながる米屋 コメタク
http://kometaku.net/wp/

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この記事を書いた人

佐々木 ののか

佐々木 ののか  

1990年北海道帯広に生まれる。筑波大学で国際開発学を学び、新卒でカバン屋に就職後、2015年6月より現職。ライター業では突撃取材に定評があるが、ジャンル・テイスト問わず幅広くこなす。共感性の高い文章を書くのが得意で、人間の葛藤や一見醜い感情に興味を惹かれる。関心があるテーマは、新しい夫婦・家族・関係性など。Wanderlustでは、「旅」をテーマにしたエッセイや小説を執筆していく予定。
Twitter @sasakinonoka

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