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自立をめぐる冒険 vol.1

依存は自立。ホースセラピーでありのままの自分を取り戻す

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この連載は... 自立、自立は偉い。自立は正しい。自立していない人間は、ダメだ。自立、自立、自立・・・。 自立しようとすればするほど空回りしてしまう筆者が、”自立とは何か”という答えを模索します。

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「馬に乗ったら、あんたのメンヘラも治るからさ!ね、馬に乗りに行こうよ!」

そう東京大学の安冨歩先生に誘われて、乗馬に行くことになった。

 

安冨先生は女性装の大学教授として数年前からネットメディアやテレビなどで発言をされている。50歳ごろまで男性として当たり前に男性の装いをしていたが、生きづらさや心の苦しさをずっと抱え続けていた。それがふとしたきっかけで女性の装いをするようになってから、心が軽くなり、こちらの装いの方がありのままの自分であり、これまで自分は「男性のフリ」をしていた、だから生きづらかったのだと気付いたのだという。そのことについては著書「生きる技法」や「ありのままの私」で書かれているが、それはさて置き、乗馬とは!

 

乗馬でメンヘラが直る?一体どういう意味?

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行き先は埼玉県の森林公園駅から車で20分のところにある乗馬施設「比企の丘キッズガルテン」。

 

私はこれまで知らなかったのだが、ホースセラピーというのがあるらしい。

セラピーというのはつまり「元気になって、明日を生きる活力を取り戻すこと」。この牧場では、健常者に限らず、脳性麻痺など身体に障害のある人のリハビリとして乗馬を提供しているそうだ。

ホースセラピー

東京からたった1時間なのに、あたり一面見渡す限りの大草原だ。丘の上には美しさ真っ盛りのモミジとイチョウが、スプレーで塗りつぶしたように赤と黄色の地平線を作っている。

 

この日一緒だったのは、株式会社アンデコールの代表取締役の小島直子さん。

 

小島さんは出生時から四肢体幹に障害があり、この日も電動車椅子に乗って現れた。けれども24時間の介助を受けながら、バリアフリーなまちづくりに関するコンサルティングや介護派遣事業を行う会社の経営者であり、講演や仕事で全国を飛び回りバリバリに活躍している。

口からうんちが出るように手術してください』というスゴイタイトルの本を書かれているので、どんないかつい人が来るのだろうと思っていたら、ニコニコ笑う上品そうな女性だった。

 

最初は皆で、今日乗せてもらう馬とふれあう。

ホースセラピー

馬は人懐っこい。人間を個体識別しないそうだ。エサをやり、ブラッシングをし、愛情を持って話しかけてやれば、どんな人間にでも心を開いてくれるのだという。その代わり、次の日には忘れている。ちょっと寂しい気もするけど、犬と人間のようなべったりの関係よりも却って気安くて良いのかも知れない。

 

馬場に出て、小島さんをみなで持ち上げて、馬に乗せようとする。

彼女は初めて馬に乗るらしく、だいぶ緊張していた。電動車椅子の高さ1mの目線が急に地上2mにまで上がるのだから、さぞかし怖いだろう。落ちるかもしれないという恐怖は障害のない人よりも強いはずだ。

手足の動かない人間が、本当に馬に乗れるんだろうか?と思うが、スタッフも参加者もみんな当たり前のようにそれをしようとしている。高さ2mにまで人一人を持ち上げるのだからなかなかの重労働だが、難しそうな顔をしたり、不安そうな顔をしている人は一人もいない。

 

ホースインストラクターに後ろからしっかり抱きかかえられて、鞍のない、敷き布一枚の馬の背中に乗る。本当は鞍の方が安定するのだが、四肢まひの方の場合は足の可動域が狭いので、鞍なしで乗ることがあるのだそうだ。

 

最初はめちゃくちゃ緊張していた小島さんだが、馬の上に移動して数分後、次第に呼吸が穏やかになり、こわばりが次第に解けてゆくのが見ていて分かる。そのまま皆で体を支えながら、馬場を一周する。

馬の動きはゆっくりだ。息を吸って、吐く、それぐらいのスローな動きで、ゆっくり、ゆっくり、小島さんの体を乗せて歩く。

だんだん、馬と小島さんと、支えるスタッフ全員の呼吸が同期してゆく。別々の生き物のはずなのに、まるでひとつの個体になったみたいだ。全員が重力を失い、ふわっと空中に浮いているような、一筋の風のような動き。

ホースセラピー

すごく綺麗だな、と思った。馬と人間は言葉が通じないけれど、この広大な景色の中では、みんな同じ自然の一部みたい。

 

ありのまま、ってこういうこと、って思った。

ホースセラピー

小島さんを支えるのは、この牧場の経営者であり、ホースセラピーをいち早く日本に導入したよりたかつひこさん。

よりたさんは「他力塾」という不登校や中退者を受け入れて、馬と共に育てるという学校を島根で開校している。不登校の子どもに、馬の世話をさせると、どんどん元気になるのだそうだ。他にも、馬とのふれあいは鬱や対人恐怖症などメンタルの問題を抱えた人々のケアに役立つらしい。

「他力塾」の他力は馬の力のこと。自分の力で元気になるんじゃない。馬の力をもらって元気になるのだと言う。

ホースセラピー

私も小島さんに続いて馬に乗せてもらう。いつも、仕事をしている時みたいに、ピンと背筋を伸ばして踏ん張ってみる。美しい姿勢、美しい姿勢、と心がけながら、馬に乗って馬場を一周する。

ところが。

「だぁめだよ、そんな風に、背骨をS字に反らせちゃ。内臓が圧迫されちゃう」

 

よりたさんから喝が飛ぶ。

 

「自分の力で立つんじゃないんだ。自分で美しい姿勢を取ろうとしちゃダメなんだよ。尾骨に体重を乗せて、頭を天に引っ張られているみたいな感じで、自然に背骨を立てて。そう」

 

やってみると、お腹の中がホカホカ暖かくなってくる感じ。自然に馬の背の振動が伝わる。

さっきまでより、楽しくなってきたみたい……。

 

自立、自立は偉い。自立は正しい。自立していない人間は、ダメだ。30年間ずっとそう思っていた。

でも、最近仕事で、「自立している」だけではどうにもならない出来事が増えた。自分だけで全部やろうと思えば思うほど、ダメになってゆく気がする。仕事が回らない。頭の中は常にパンク状態。けど、人に頼ろうにも、頼り方がわからない。そういう状態がずっと続いていた。

「頑張っていいアウトプットを出そう」とすればするほど、周りの要望からずれてゆく。

 

安冨先生は著書の中で「自分じゃないもののフリ」をしていると心がどんどん辛くなってゆく、と書いている。

人間は本来、自立している生き物じゃないのに、「自立している私、えらい!」と自立できているフリをしている。だからいろいろなことがしんどくなっていたのかもしれない。

 

「自分の力で元気になろうとしなくていいんだよ。馬とか、周りの人とか、自分を取り巻くもの全部に頼って、それで元気になるんだ。自立を捨てて、元の流れの中に戻るんだよ。人間は本来、そういう生き物なんだからさ」(よりたさん)

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小島直子さんは著書の中で「他人に依存することは自立の選択肢の一つ」ということをおっしゃっている。

障害者だけではない。どんな人間にとってもそうだ。

薬物依存、アルコール依存。依存という言葉には、悪いもののイメージしか湧かない。けれど、極端に一つのものに依存しなくたって、本当は健常者だろうが、普通に暮らして普通に生きている人間だろうが、皆、うっすらと多数のものに依存して生きている。

今年の6月に、障害者施設で45人もの人間を傷つけた彼は、本当は人に依存したかったのじゃないだろうか。

でも、できなかった。苦しかったと思う。それで、人に依存しきっているように見えた障害者の人々が、本当は羨ましかったんじゃないかと思う。本当は自分が受け取りたかった「甘い蜜」を、何の努力もせずに受け取っているように見える彼らが。

 

よりたさんはこの牧場の他に、沖縄や島根など全国各地で10数個もの牧場を経営している経営者だが、かつては4回も自殺を図ったのだと言っていた。食べたり、寝たりのバランスが10代の頃からなかなか一人では取れなくて、どうしようもなくて苦しんでいたが、ある時馬に出会って、やっと生きるバランスが取れるようになってきたのだという。

「馬から力をもらって生きれるようになったからね、今度は自分が馬に何かを返したいと思って、牧場をやってるんだ。馬にもらって、返して。循環なんだよ。だから全然、何をやっても疲れないよ」

 

 

セラピーの後、もんの凄く眠くなって、気付いたら牧場の橋の小屋で猫と一緒にこんこんと寝ていた。セラピーを受けると眠くなる人は多いのだそうだ。思えばこの半年くらい、ろくに寝られていなかった。寝ても、罪悪感があって、すぐに起きてしまう。寝ても覚めても仕事のことを考えていて、寝ちゃだめだ。もっと起きて頑張らないと、と思っていた。

目が覚めた後、少し元気になって安冨先生に

「これで頑張って原稿書けます!」と言ったら、先生に「あんたはもっと寝たほうがいい」と言われた。

「あんたはね、ちょっと回復したら、そのエネルギーをすぐに消費して、またヘトヘトになって、を繰り返しているでしょ。ちょっと回復したら、すぐ何かに取りかからなきゃ!って思ってる。でもそれじゃ、芯から強いモノなんか作れないわよ。身体中に溢れるぐらいに、たんまりエネルギーを蓄えた状態になってからにしなさいよ。何かをするために元気になるんじゃなくて、”自分のために”元気になってからね」

 

 

運営団体
一般社団法人 比企の丘キッズガルテン
〒355-0803 埼玉県比企郡滑川町大字福田2141-6
TEL&FAX: 0493-81-6000
東武東上線 森林公園駅から車で20分

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この記事を書いた人

小野 美由紀

小野 美由紀  

作家。1985年東京生まれ。著書に絵本『ひかりのりゅう』『傷口から人生。~メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』『人生に疲れたらスペイン巡礼 飲み・食べ・歩く800キロの旅』がある。趣味はサーフィンと琉球空手。

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