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マニアな世界に体当たり in 北海道 vol.4

炭鉱閉山で過疎化。上砂川町に残る哀しい風景を訪ねて。

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この連載は... 北海道で生まれ育った生粋の「道産子」であるライター・テツヤマモトが、知られざる北海道のマニアックな世界に突入していきます。え?北海道ってこんなところだったの?という驚きと、こいつバカだな~という笑いをお届け。マニアックな世界を巡る中で、自分を磨いていこうと挑戦し続ける物語です。

上砂川町

その町は北海道の真ん中に位置している。

 

道央、上砂川町。自治体面積が北海道で一番狭く、大変目立たない町だ。

 

かつて炭鉱で栄え、1950年代のピーク時には炭鉱マンを中心に3万人以上が居住していたが、1987年をもって全ての炭鉱が閉山。基幹産業の衰退と共に人口が激減し、現在では3千人ほどまでに減少してしまった。

 

さらに高齢化率は47.5%と北海道第2位(2016年時点)、完全失業率22.7%は全国第1位(2010年時点)となっている。深刻な過疎化が進んでいることが理解できる。

 

 

 

北海道に、例年以上に早く訪れた冬。

それも相まって、その町の風景はどうしようもない寂しさを感じさせる。

 

炭鉱時代の記憶

▼三井石炭鉱業跡に残る看板。「責任の完遂」「業績の向上」「総力の発揮」のスローガンが書かれている。

上砂川町

上砂川町には、閉山から20年近く時間が経過した今もなお、炭鉱町の記憶が残されている。これらは炭鉱・廃墟好きがこぞって訪れる人気スポットだ。

 

町の東部にある旧三井砂川中央立坑がその1つ。

上砂川町

こちらは水準下660mレベルの採炭をするために作られた炭鉱。閉山後は多くの研究者の手によって、落下実験に活用された。今では実験施設としての役割も終え、どこか寂し気に佇んでいる。

 

この他にもいくつかの炭鉱跡が残っている。

 

▼三井砂川炭鉱第一坑坑口。あたりは今年の台風の影響か、倒木が多い。

上砂川町

▼三井砂川炭鉱第二坑坑口。草木、雪に覆われている。

上砂川町

炭鉱や町の歴史に関しては「かみすながわ炭鉱館」で学ぶといい。

 

歴史年表を眺められるのはもちろん、実際に作業員が使っていた道具や、炭坑内を疑似体験することができる。

上砂川町

町での滞在中に、炭鉱での勤務経験を持つ、和田宣干(たかゆき)さんにお話を聞くことができた。

上砂川町

炭鉱マンは給料や福利厚生こそしっかりとしているものの、労働環境は過酷を極めたようだ。有毒ガス、火災、崩落など、作業には常に死のリスクが伴った。

 

和田さん自身、落石事故に遭い、指先を切断するケガを負ってしまった。「あのときの石が数センチずれてたら、俺は死んでるね」と淡々と語るが、なかなか信じられない話だ。

 

 

 

実際に上砂川町でもガス爆発や落石での殉職者が出てしまっている。

 

▼かみすながわ炭鉱館横にある炭鉱殉職者慰霊碑。

上砂川町

炭鉱夫は「今日死ぬかもしれない」という恐怖と戦いながら、家族の為に必死に作業に取り組んでいたのだ。

 

その上、当時は年中ほぼ休みなしで働きっぱなし。今話題となっているブラック企業とは、比べ物にならないほど厳しい職場であったのだろう。

 

 

 

恐怖を押し殺して、1日1日を噛みしめて楽しむために、炭鉱マンは高給の大部分を酒へと費やしていった。その需要に合わせて、ピーク時は100軒を越すスナックが繁華街に点在したそうだ。しかし、現在営業しているのはスナック コスモス(写真右側)のみだ。

 

看板がそのまま残されている店が多く、かつての繁華街はシャッター商店街…というより、廃墟といった様子に見える。

上砂川町

人に使われないままに長く町に取り残される物は、炭鉱や店だけではない。

 

ふらりと町歩きをすると、どこか異質な物が多く目に入る。外から来た人にとって、不思議に思うものばかりだ。

 

▼ゴミ置き場。散乱したカゴと強力なサビ。

上砂川町

 

▼降雪と劣化で潰れた車庫。看板が立てられているが、いつからこの状態なのだろう。

上砂川町

 

▼ほとんど読むことのできない道路標識。路地を進めば、たくさん目に入る。

上砂川町

 

▼撤去されずに残ったゆがみのきつい鉄棒。

上砂川町

 

▼物置代わりとなり、地面に埋まっている乗用車。

上砂川町

かつて、これらの物を作った・使った人は町の発展や、自身の将来に胸を高鳴らせていたのだろう。いつしか忘れ去られた物は今もぽつんと町に佇んでいる。

 

そんな様子に、なんとも言えない哀しさがこみ上げるのだ。

 

哀しい町だからこその魅力

 

上砂川は「哀」に特化した町だ。

 

それもどこか優しさのある「哀」なのだ。

 

▼炭鉱時代から、自然発火を続けるズリ山。

上砂川町

 

▼廃線となった今も残される、旧上砂川駅舎(悲別駅)

上砂川町

でも、そんな哀しい町があってもいいじゃないか。

 

人間は喜怒哀楽の感情がバランス良く揃って、初めて魅力的に見える。

 

ただ、楽しい気持ちになれる町だけでなく、散歩をしながら哀しさを感じさせてくれる町も必要ではないだろうか。

 

どこもかしこも観光地にする必要はない。

 

▼町内を流れるパンケウタシナイ川。

上砂川町

辛いことがあったとき、楽しさの強すぎる環境から距離をおきたいとき。そんなときは、上砂川のような哀しい町を訪ねるのが良いかもしれない。

 

実際町内には、都会の生活にストレスを感じ、逃げるように移住してきた人もちらほら。哀しくも優しい風景は彼らの心を少しずつ温めているのだ。

 

 

 

幸い、上砂川に住む人たちは温かい人ばかり。

 

ふらりと訪れた人にも、親しみをもって接してくれる。取材中、町で偶然出会った人に自家製の鹿肉燻製をごちそうしてもらうこともあった。

上砂川町

温泉で身も心も温めて、おいしいご飯をモリモリ食べるのもいい。小さな町では、温泉はたまり場としての役割もあるため、町民と交流を図れる。

 

▼上砂川町内の温泉旅館パンケの湯。

上砂川町

 

▼パンケの湯内レストランで食べれる名物のソースかつ丼。炭鉱マンが愛した地元グルメ。

上砂川町

上砂川町民の口を揃えて「ここは本当に何にも無い町だからね」と言う。

 

しかし、そうとも限らない。

 

上砂川町

どんな町にも必要となる時、必要としている人がいる。上砂川町の持つ哀しい風景は、辛い感情を優しく包み込み、町を去るときには心と体を軽くしてくれるはずだ。

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この記事を書いた人

テツヤマモト

テツヤマモト  

23歳、フリーライター。北海道稚内市出身。小学生5年生からブログを書き始め、大学3年生の時にライターとして学生起業。50件以上の個人メディアでのPRの執筆、10件以上の記事をWEBメディアに寄稿。大学卒業後、出版社に就職。雑誌やムック本の企画、取材、執筆、編集作業に携わる。その後、半年間の勤務を経て、フリーライターとして独立。現在、個人メディア「面白ハンター」を運営しながら、札幌市を中心にローカル地域を放浪中。おもしろ記事やローカル情報記事を中心に、積極的にライター活動を行う。

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