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彼がニューヨークに旅出る理由 vol.2

第二章:『スプライト』が通じないなんて別に

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この連載は... 旅行には、物語がある。 彼にとって、ニューヨークへの旅はどんな物語があるのか。 物語を通じて、ニューヨークの情報をお届けします。

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ダイヤは困っていた。

スプライトの注文が全く通らず、彼は困っていた。「sprite, please.」彼なりに完璧に発音しているつもりだが、目の前の黒いエプロンを着用したシェイクシャックの店員は「やれやれ・・・」という表情を浮かべながら、異国の男が発する奇妙な言葉を理解しようとする姿勢もみせてくれなかった。「スプゥライト」・「スゥプライト」・「スプエライツ」・「プライ」・・・彼なりに、色んな発音で注文を試みたものの、もはや原型を失いつつある「スプライト」は、一向に注文が通る気配は無かった。ダイヤは、スプライトを飲みながらシェイクシャックでハンバーガーを食べるという小さな夢を諦め、クレイジーケンバンドの横山剣のように歯切れよく「coke, please!」と伝えた。さっきまでの表情が嘘のように晴れやかになった店員は、「最初からコーラにしておけば・・・」という雰囲気を醸し出しながら「OK」と呟き、ドリンクマシーンに向き直った。

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ニューヨークのノマド地区に位置し、マディソンスクエアパークからすぐという好立地のホテル、「レッドベリーニューヨーク(The Rebury New York)」にダイヤは宿をとっている。ホテルの1階にはMARTAという名のイタリアンレストランも併設されており、クラシックとモダンが融合したお洒落な雰囲気のホテルに、彼は興奮し、思わずドアマンに「センキュー!!」と叫んでいた。ドアマンは、ドアマンにしか出せない厚みのある笑顔で「my pleasure.」と優しく返答をした。

 

トモミは拍手を浴びていた。

舞台上、最後の曲を歌い終わった彼女は、呼吸を肩で整えながら、スポットライト越しに観客を見つめていた。鳴り止まない拍手と、スタンディングオベーションに、ミュージカル女優としての自信と誇りを感じていた。‐トモミは目を覚ました。時刻は午前10時。夢の中でミュージカル女優になりきっていた彼女は、いつもの休日より目覚めが良く、鼻歌を歌いながら台所に向かい、コーヒーを淹れた。「なぜミュージカルなのだろう」彼女は思った。それはダイヤの影響であることがすぐ彼女には分かった。彼はいま、長期休暇を取得し、ニューヨークにいる。彼からニューヨークへ旅行する話を聞いた時、彼女が真っ先に思ったのは、ブロードウェイ・ミュージカルだ。昔からミュージカルが大好きな彼女は、ダイヤを羨ましいと思った。トモミが日本でコーヒーを淹れている一方で、ダイヤはニューヨークの地を散策している。その事実が、言い表せない焦燥感を彼女に与えた。考えごとをしながら淹れたせいか、コーヒーはいつもより少し薄かった。

 

ダイヤは眺めていた。

ダイヤは、マディソンスクエアパークのベンチに腰掛けながら、ニューヨークの街並みを眺めていた。シェイクシャックのちょっとした一件を終え、ハンバーガーとコーラを片手に、マディソンスクエアパークのベンチに座っている。彼にとって、海外の一人旅は初めてだ。なんとか無事に予約していたホテルにたどり着き、荷物を置き、公演で一息ついているいま、ようやく「ひとりでニューヨークにいる」という事実がダイヤの中で色濃くなっていった。この大きすぎる成功体験に、彼は高揚した。

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「思いつきで行動してみても、意外となんとかなる」

そのことを学べただけでも大きいなと思いながら、ダイヤは少し笑って、ハンバーガーに齧りついた。

ニューヨーク初日の夜は、ブロードウェイで「ライオン・キング」を鑑賞する予定だったダイヤは、日中はニューヨークの公園を巡ることに決めた。いま彼がいるのはマディソンスクエアパーク。ニューヨークは、南北に縦に広がり、幾つかのエリアで構成されている。北はハーレム地区から南はロウア―・マンハッタンまで、エリアごとに区画されている。更に、ブルックリン橋の先には、文字通りブルックリン地区が存在する。ダイヤは、日本で買ったニューヨークのガイドブックを片手に、ゆっくりと歩きだした。

知らない場所に行き、少しずつその場所を知ることが、旅をすることであると、ダイヤは思った。

 

トモミは眺めていた。

トモミは、ダイヤが投稿したインスタグラムの画像を眺めていた。マディソンスクエアパークの景色、滞在するホテルの部屋の内装、シェイクシャックの美味しそうなハンバーガー・・・彼女は、その画像を眺めながら、ダイヤと一緒にニューヨークを旅しているような感覚になった。たとえそれが、実際に現地に行っているわけではなく、写真を通して味わうニューヨークであったとしても、トモミは、ニューヨークを旅している。そう感じることができた。

「どんな形でも、その場所を知ることが旅をすることの一歩目なんだ」

トモミはふと、そう思った。

「もっと色んなことに興味をもって、色んな旅をしたい」

そう思うと、トモミは少し、心と体が軽くなった気がした。

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この記事を書いた人

SHYボーイ

SHYボーイ  

オモシロを日々探究するボーイ。
寿司とピザ。映画と小説。

ありきたりじゃない旅Guide

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