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彼がニューヨークに旅出る理由

序章:ニューヨーク

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この連載は... 旅行には、物語がある。 彼にとって、ニューヨークへの旅はどんな物語があるのか。 物語を通じて、ニューヨークの情報をお届けします。

彼がニューヨークに旅出る理由

ダイヤは焦っていた。

 

正確にいうと、日々の生活には特に大きな「焦り」というものを感じることはなかった。ただ「このままで良いんだろうか」という漠然とした焦燥感のようなものが彼の頭を、体を、じわじわと蝕んでいく感覚があった。

 

ダイヤは焦っていた。

毎日の仕事の疲れと、それに見合う達成感や、やりがいを感じられないことに。

「仕事が楽しいと思う人間なんてほとんどいない」
「今日も月曜日がやってきた」

・・・SNSで目にする日常の悲観的な言葉に、

「自分だけではない」

と何度言い聞かせてきただろう。デスクに座り、仕事をこなし、深夜に帰宅をするだけというルーティーンをこなす日常で、だんだんと思考は衰退化していく。

 

大杉大也は焦っていた。

ダイヤは今年、社会人3年目を迎える。3年目になり、自分にとって社会とはどういう存在か、会社はどんな場所か。なんとなく言葉で定義できるくらいには、彼なりに世の中を理解している。

ところで彼は、大也という名前があまり好きではない。みんなから「ダイヤ」と呼ばれるたびに「自分はそんな光り輝く存在ではないのに」といつも思う。

 

「ダイヤ!」

会社の休憩室でコーヒーを飲んでいると、威勢のよい声を背後から感じると同時に、背中に軽い衝撃を覚えた。買ったばかりのホットコーヒーをこぼさないように、手元で器用に紙コップを持ちなおす。大丈夫、こぼれていない。目線を上げると、同期の知美がニヤニヤしながらダイヤを見つめている。

「なんだよ、いきなり」

そう声にした瞬間、少し不躾な言い方になってしまったかと思ったが、知美は早く自分の話をしたいらしく、そんなことは気にもしていない様子だった。すぐさま、

「今年の夏休みはどうするの?」

と、顔を綻ばせながら聞いてきた。

「俺は・・・」

そう言いかける間も与えず、知美は徐に喋り出した。

 

トモミは焦っていた。

そもそも、なんで自分が薄らと「焦り」を感じているのか、その原因が分からないことが、彼女の中の「焦り」をより強固なものにしていた。別に、いまの仕事に大きな不満があるわけではない。確かに「ウザい」と感じる上司や先輩はいるけれど、それは別にどの環境でも同じこと。では、人間関係か。いや、自分には相談できる友だちがたくさんいるし、土日の予定は4週先まで埋まっている。そうか、恋愛か。考えてみたものの、最後に恋愛したのは二年も前で、それから浮いた話が無いわけではないが、別にいま特段彼氏が欲しいわけではない。

嘘、まあまあ欲しいかも。

ただ、そこまで欲しくない。

いや、でも・・・。

 

トモミは焦っていた。

トモミは、考え事をする度、自分の頭の中で様々な第三者をつくりだし、脳内会議を始めてしまう。脳内会議はどこでも始まり、一度始まると長時間終わらない。これまで友だちに何度「ねえ聞いてる!?」と怒られただろう。ただ「焦り」を議題とした脳内会議が、こんなにも長期化するとは自分自身でも思わなかった。小さな焦りというビー玉は、一度転がると雪だるまのように、回転しながらうっすらと彼女の中で大きくなっていった。

 

佐藤知美は焦っていた。

その日彼女は、いつもの道順、いつもの電車、いつもの車両、いつもの音楽を聴き、いつもと同じ時間に会社に着いた。当然、会社の様子はいつもと変わらない。そこでふと、彼女は脳内会議の中で一つの仮説を導き出した。いつもと変わらない、いつもと同じ・・・そういった何の変哲もない日常が、自身に焦りを与えているのではないか?と。かと言って、彼女がこれまでの人生の中で変化を追い求めていたかと思えば、そういうわけでもない。ただ、何も変化が起きない平凡な毎日を過ごしている自分を俯瞰で見た瞬間、なんともいえない不快感が彼女を覆った。その時、休憩室でくつろぐ同期入社のダイヤが目についた。この、なんとなく続いているもやもやを掃き出したいという気持ちもあり、いつもより声を張って、背中をぽんと優しく叩いて、声をかけた。

 

ダイヤは聞いていた。

ただ、ひたすらに聞いていた。いや、聞くしかなかった。まるで機関銃のように放たれていくトモミの言葉に、耳を貸しているという感覚だった。でも、彼女の話は興味深かった。なぜなら、彼女も自分と同様、日常に薄らと「焦り」を感じているという話だったからだ。彼女の話は、仕事の話、友だちの話、恋愛の話と脈絡なく続いた結果、平凡な日常を変えるには何か「変化」が必要であるという結論に至った。

「確かに変化は必要かもな」

彼女の話を話半分に聞いていたところ、ふと部屋に設置しているテレビ画面が気になった。そこには、ニューヨークの街並みが写っていた。海外の映画やドラマが好きな彼は、なんとなくニューヨークに漠然とした憧れがあった。こんなふとしたキッカケで、彼の中の憧れが、ぼんやりとしたものから、しっかりと輪郭を帯びた、はっきりしたものに変わっていく感覚があった。

 

「ねえ、ダイヤ!そっちはどうするの?」

話を真剣に聞いていない様子を察したのか、トモミは少し語気を強くして聞いてきた。

「今年の夏は、ニューヨークへ行こうかな」

ダイヤは、気づいたら、そう答えていた。

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この記事を書いた人

SHYボーイ

SHYボーイ  

オモシロを日々探究するボーイ。
寿司とピザ。映画と小説。

ありきたりじゃない旅Guide

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