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福島・蓮笑庵 vol.2

福島・蓮笑庵の「逃げない」暮らし 後編

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この連載は... “ああ、福島にもまだこういう場所があるんだ!” 四季の移り変わり、人の温かさ、昔ながらの暮らし・・・。忘れかけていた本当の福島が、ここにはあります。

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私の友人である鎌田千瑛美ちゃんは2011年、初めてこの「蓮笑庵」を訪れた。復興支援団体の職員として、故郷である福島の復興に関わる中、知人の紹介でこの場所を知ったのだと言う。
前編はこちら>> 福島・蓮笑庵の「逃げない」暮らし 前編

 

「初めて蓮笑庵を訪れた時、“ああ、福島にもまだこういう場所があるんだ!”と思ったんだ」

 

震災に加え原発事故の影響で、福島全体が混沌としてせわしない時期だった。大変な故郷の現状をなんとかしたい一心頑張っていたものの、『どうにかしなきゃ』という気持ちばかりが先走り、千瑛美ちゃん自身、体も心もボロボロになっていたと言う。

 

「福島はさ、震災で確かに大きなものを失ったでしょう。でも、その一方で、四季折々の自然の移り変わりとか、人々の温かさとか、昔ながらの里山の暮らしとか、美しいものに溢れているはずだって気持ちは私の中に残っていたの。それがここに、全部あった!って、蓮笑庵が思わせてくれた。ああ、今ここにいる自分を生み出してきたのは、他でもない、この福島っていう豊かな土地なんだ!って」

 

そう語る千瑛美ちゃんの目は力強く輝いている。震災後にヘトヘトになりながら復興支援に尽力してきた千瑛美ちゃんを知っているからこそ、彼女がこの場所からもらった力が明らかに見える気がした。

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「俊明さんはきっと、そのあたり前のことの素晴らしさを、この場所や、絵を描くことを通して表現してきたんだと思うの。私、このアトリエの中に入った時に、彼が表現したあたたかいものに触れる感覚があったんだよね。 確かに私の故郷は汚染されてしまった。津波もあった。たくさんのものを失った。でもね、その一方で、残ったもの、失ってないものがあるって震災以降に思えたのは、この場所が初めてだったんだよ。ああ、福島には私たちのおじいちゃんおばあちゃんが代々受け継いできた、ていねいで豊かな暮らしがまだ残っているんだって」

 

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千瑛美ちゃんは復興支援団体を辞めた後、この蓮笑庵とともに活動する「NPO法人蓮笑庵くらしの学校」のスタッフになった。隣接する築100年の古民家を改築し、ここ福島の懐かしい里山暮らしを体験してもらうワークショップなども開催した。

 

「最初私が来た時にはボロボロだったし、地震の影響で右に15センチくらい傾いてたんだよ。全部基礎を掘り直してジャッキで持ち上げて安定させて、耐震強度を取り戻すための作業をして、床板を打ち直し、壁を塗り替え、人が集える状態に3年かけてしてきたんだよ」

 

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古民家再生を支えたのは、地元の大工さんや庭師さんたち、そして「古民家再生ワークショップ」に参加した、県外・県内の大学生や、外国人、その他様々の「福島の暮らし」に興味がある人々だ。

 

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「こうして大勢の人が支えてくれたことで、「ここの暮らしは誰かにとっても価値のあるものなんだ」って思えたんだよね。その辺にいる普通の農家のおじいちゃんが暮らしの達人だったり、哲学者だったりすること、足元にある当たり前の暮らしを大切にしている人たちが豊かな知性を持っていること、それを知ってもらいたいんだ」

 

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「震災以降『電気なんか、できるだけ使わずに生きられた方がいい』という思いと『でも電気をまったく使わずには生きてはいけない』というジレンマがあった。電気に頼らない暮らしにしたい、と思う反面、原発反対運動に参加するのもなんだか違う。なんだろう、この、もやもやした気持ち、とずっと思ってきた。
でもね、ここでの暮らしは “電気を使わず豊かになれる”っていう、現代とは逆の発想。それが淡々と実践されているんだよ。別に何かを主張するわけでもなくね。それまで私は“なんとかすべき!”ってことに縛られてたんだけど、ただただそこにいるだけで実践されている、そのことに驚いた。震災で失ったものを取り戻す作業と、そこにある暮らしを守っていくことが遠からず近からずリンクしているっていうか」

 

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仁子さんも、千瑛美ちゃんも、ぱっと見の雰囲気はふわふわとしていて柔らかな印象を受ける。でもここでやっていることは「戦い」だ。「暮らし」を守る戦い。不便も苦労も楽しみながら、どれだけ暮らしを面白がれるかという戦い。

「心を亡くす」戦いじゃない。むしろ、心を失わないための肉体的な戦いなのだ、と思った。天災に負けず、心を脅かされないために、体全体で「生きる」をやる。

 

仁子さんが言った。

 

「福島でいまも暮らすことについて、非難する人もいる。未だに差別されることもある。
だけど私たちがここを離れないのは、失ったものよりもこの土地からもらうものの方が大きいからなんだよね。科学的に証明するとかじゃなくて、場所からもらうエネルギーの方が大きい。暮らすことが楽しい、ワクワクする、ホッとする。そういうかけがえのない気持ちのエネルギー。失ったものは戻らない。だから、あるものを大事にしないといけないんだよ。福島は震災で多くのものを失ったかもしれないけど、1日、1日を丁寧に暮らすことの喜びは、誰も私たちから奪えないんだよ。場所は関係ないんだ」

 

生きている限り、どんなにお金持ちでも浮世離れした人でも、「暮らす」ことからは逃げられない。

暮らすことから逃げないっていうのは、生きることから逃げないってことだと思った。自分の命を粗末に扱わないこと。自分の人生から逃げず、肯定し続けること。

 

福島にはまだまだ未解決の問題、どろどろとした心の問題も残っている。2017年になった今でも、復興した・してないという言葉では括り切れないシビアで複雑な現実と、人々は戦っている。

けれど一方で、自然は美しく、人は優しくて、食べ物はおいしい。

「被災地」であると同時に「豊かな暮らしの実践の場」としての、無視できないほどのエネルギーがここには広がっている。両面がある。そのどちらかだけで語る事はできない。東京にはない。他の土地にはない。福島にしかない固有の価値。

私には福島という土地が、言葉を持った肉体そのものみたいに見えた。

傷ついて、生命の危機を経験して、なお命のつまった土地。命と隣り合わせの言葉がなみなみと溢れる土地。その言葉に耳を傾けたいと思った。こんな豊かな場所が日本に存在していること。それを人に伝えたいと思った。人を包み込んで、命丸ごと肯定してくれる場所が、生きていることそのものを肯定するような不思議な自然の働きのある場所が、福島にはあるのだ。

 

蓮笑庵の宿泊は現在は紹介制で一般には公開されていないが、アトリエ棟の見学、また古民家の来訪は随時ウェブサイトから申し込める。
福島の豊かな暮らしを体験したかったら、ぜひ足を運んでみてほしい。

蓮笑庵
http://renshoan.jp/index.php

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この記事を書いた人

小野 美由紀

小野 美由紀  

作家。1985年東京生まれ。著書に絵本『ひかりのりゅう』『傷口から人生。~メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』『人生に疲れたらスペイン巡礼 飲み・食べ・歩く800キロの旅』がある。趣味はサーフィンと琉球空手。

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