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福島・蓮笑庵 vol.1

福島・蓮笑庵の「逃げない」暮らし 前編

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この連載は... “ああ、福島にもまだこういう場所があるんだ!” 四季の移り変わり、人の温かさ、昔ながらの暮らし・・・。忘れかけていた本当の福島が、ここにはあります。

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「福島で暮らすっていうのは、今でも怖いこともあるよ。震災直後にね、“避難する・しない” 、“放射能が降ってる・降ってない” で周りがものすごく揺れて、私自身もとても不安な日々を過ごしていたの。でもね、ある時、窓を開けて、深呼吸してみたらすごく気持ちよかったの。風がファーと吹き込んでね。ああ、恐れて窓を開けるのをやめて暮らすより、少しでも楽しみながら暮らしたほうが、ずっと自分の命は喜ぶんじゃないだろうか、と思った。怯えて窓を閉めるより、この気持ちよさを感じよう。おびえるより、ここでの暮らしを大事にしよう。そっちのほうが、大地はそれ以上のものを恵んでくれるんじゃないか、そういうのを、メッセージとして感じたんだ。」

そう語るのは、福島県田村市船引町にある「蓮笑庵」の庵主、渡辺仁子さん。

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「福島にとんでもなくアーティスティックな場所があるから遊びに来ない?」と友人の鎌田千瑛美ちゃんに誘われて足を運んだのは、去年の8月のこと。「いく!いく!」と二つ返事でOKした私は、友人と一緒にバスで東京から福島へ向かった。

東京駅から約3時間、郡山で電車に乗り換え、船引町へと向かう。ローカル線に乗り換えればすっかり「山」だ。福島って「山」だったんだな、と思えるような、濃く生い茂る……ううん、「雄い茂る」って感じの、深く、男性的な自然が、小さな電車の車両の両側から迫ってくる。

 

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車で最寄りの駅から10分、突然、鬱蒼と茂るお椀みたいな形の森が見えてくる。蓮の葉がみっしり生い茂る庭を超えると、森の入り口にそびえる山門が見える。鳥居をくぐり、石段を上がると、森の中に潜むようにして木造平屋造りの4棟からなる家が見えてきた。

 

「蓮笑庵」だ。

 

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一目見て、「すごい!」と叫んでしまった。森と家が渾然一体となって、まるで聖なる一つの祠みたいだ。

「蓮笑庵」は福島県田村市船引町にある、芸術家の故・渡辺俊明氏の残したアトリエ兼住居である。カフェ兼瞑想スペースのような棟、アトリエ、応接空間としての棟、居住用の棟の4棟からなり、その全てがみずみずしい木々に囲まれている。

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渡辺俊明は9歳から画家を志し、独学で絵を書き続け、晩年に至るまで、油絵、木版画、作陶、石彫、造園、建築etc……多方面にわたる分野で創作し続けた。一番有名なのは、温かみのある墨彩詩書画で、今も世界中にファンがいる。

俊明さんは、憧れだった東北に縁が出来たことをきっかけに「大地に絵を描くように」という想いで蓮笑庵を作り上げた。俊明さんが亡くなってからは、奥さんの仁子さんを中心に親族によって運営されている。

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今も蓮笑庵には、そこここに俊明さんの残した作品の数々が散らばる。その作風は「アート」っぽさ--つまり幻想的・斬新と言うよりは、暮らしの中のワンシーンの美しさを見つめたものが多く、土臭く、温かみのあるものが多い。

建物内に佇んでいるだけで、俊明さんに見守られているような気持ちになる。ひっそりと山に埋もれるようにして立っているにも関わらず、この素晴らしい空間を一目見ようと噂を聞きつけた人々が訪れてくることも度々あるそうだ。

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旅をしていると、時々、ヒューっと体が吸い込まれて、持って行かれてしまいそうになる場所に出会う。なんていうか、人類共通のDNAみたいに、お母さんのお腹の中みたいに、そこにふらふらと吸い寄せられて、体を預けたくなるような、そんな場所だ。蓮笑庵はそういう場所だ。ヒトが作った場所なのに、なんだかヒトじゃない、自然の力によって造られたみたいな場所。

青々とした深い森に佇んでいると、細胞の一粒一粒が生き生きと再生して、キラキラと輝き始めるような感じがする。

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「すごいね、この場所。なんだか守られているみたい」というと、

 

千瑛美ちゃんが

「ここは渡辺俊明さんの結界が張られてるような気がするんだよ。放射線量もね、この山の中は震災直後から0.08ミリシーベルトくらいだったの。奇跡的に震災前と同じだったんだよ」って言った。

 

2013年から「NPO法人 蓮笑庵暮らしの学校」としての活動も始まり、今では季節の行事を開催したり、訪れた人々に対して昔ながらの暮らしを体験してもらうためのワークショップを行ったりしている。

 

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古い木の柱。石畳、甘い飴色の光を放つ、天井から吊り下げられたランプ。置かれたオブジェ、絵画、家具、食器、調度品、敷物、椅子……全てに買い揃えた「渡邊俊明」という人間のスピリットが宿っていて、死んでなお生々しく、家屋全体に血を巡らせ続けているような気さえする。

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「俊明さんはね、暮らしをとても大事にした人で、暮らすことに手を抜かなかったのよ」と仁子さん。

 

「暮らすって面倒臭いことだらけよね。でも俊明さんは『生きるってことは面倒臭いことだらけなんだから、その面倒くささをどうやって楽しむか、それが暮らすってことなんだよ』って言ってたの。便利なことだけが贅沢じゃない。あの人はね、そういう暮らしの中に生まれる、一手間一手間に対する最大の慈しみを、この場所を訪れる人たちが味わえるようにしたのよ」

 

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例えば、蓮笑庵のお風呂には電気がない。ヒノキ造りの四方形の風呂は、窓から差し込む月明かりと、ろうそくを灯した行灯だけで夜には風呂に入る。

あたりの景色はしゅん、と闇の中に消えてしまって、月の明かりが水面に映えて、まるで夜の海にいるような、森の中にいるような、わけのわからない気持ちになる。

 

「電気がない、っていうとさ、不便、とか、面倒臭い、みたいなイメージが湧くでしょう。震災からまだ5年しか経ってないけど、みんなもうそういう気持ちだよね。でもね、私はそれこそが他では味わえない贅沢だって思うの。この場所には、そういう贅沢が溢れてる」

 

 カフェ棟には、茅葺きの小さなお堂「風来堂」がある。昼でも電気がつかず薄暗く、瞑想するのにぴったりだ。障子越しに、窓を囲むように生い茂る青葉闇が透けて見える。薄暗いことが贅沢だなんてこの場所に来て初めて思ったことだ。

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「俊明さんは蓮笑庵を『ぼくの学校』と呼んでいた。『先生はだれ?』って聴くと『自然やここに生きるいきものすべてがぼくの先生だよ』って。今の時代こそ、俊明さんが教えてくれたことを、私自身も含めて学び直したり、他の人と共有したり、そんな学びの場がつくれたらって『くらしの学校』をつくったのよ」

 

 この日は仁子さんの娘さんがスコーンを焼いてくれていた。午後3時になり、カフェ棟で皆で食器をセットして、集ってお茶を飲む。

 

「ここでの楽しみはね、毎食をみんなで大事に食べること。あとは、お茶の時間が何よりも楽しみ。」

 

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 仁子さんはまだここに来る前の若い頃、恐山のイタコのところで修業をしたこともあり、頼まれると占いもやってくれるそうだ。

 

蓮笑庵のアトリエ業務とは別にNPO法人が立ち上がったのは東日本大震災後のこと。それまでは人づての紹介者のみが訪れる静かな居住空間だったが、復興支援などのボランティアの人々がやってきたのがきっかけで仁子さんはNPOという活動形態があることを初めて知り、ここでの暮らしや船引町の暮らしを伝える「NPO法人蓮笑庵くらしの学校」を立ち上げた。

 

「震災が無かったら出来なかったご縁だから、本当に不思議だなーって思うのよね」と仁子さんはおっとりと言う。

 

実は私がここに来たのは、蓮笑庵を訪ねること以外に、もう一つ別の目的があった。

 

そこに暮らす人々に、また、震災以降ずっと復興支援の活動に携わって来た鎌田千瑛美ちゃんに「今の福島の暮らし」について、話を聞くことだ。

 

<第二回に続く>

 

周辺情報

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蓮笑庵へと向かう途中に立ち寄った、「カフェ ニジョウヒピン」もなかなか素敵なスポットだ。

安積永盛駅からすぐそば。知らなければ通り過ぎてしまうほど外観はそっけない。

 

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しかし一歩足を踏み入れると、アンティークやレトロな調度品に彩られた心地よい空間が広がっている。

 

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オーナーのご夫妻によって丁寧に選ばれた家具は、ひとつひとつに物語性がありそうなアンティークや古道具。使い込んだ風情や、決して派手ではないけれど、よくよく見ると唯一無二性のある特徴的なデザインで、見ているだけで楽しい。時の流れが他と違うように感じられるほど、ゆったりと心地よく、ただ座って時間を過ごすことがこの上ない贅沢のように感じられる。

 

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看板メニューのチーズケーキやフレンチトーストは絶品。コーヒーも大きめのカップにたっぷりと淹れてくれるので、ゆっくり時間を過ごすには最適だ。

 

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1階ではテイクアウトできるマフィンやスコーンなどのお菓子も販売している。旅の途中でほっとしたくなったら、ぜひ立ち寄ってみてほしい。

 

カフェニジョウヒビン
住所:福島県郡山市安積町笹川3-38-6
電話番号:公開なし
営業時間:13:30~20:30
定休日:日、月

今月の旅のMAP

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この記事を書いた人

小野 美由紀

小野 美由紀  

作家。1985年東京生まれ。著書に絵本『ひかりのりゅう』『傷口から人生。~メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』『人生に疲れたらスペイン巡礼 飲み・食べ・歩く800キロの旅』がある。趣味はサーフィンと琉球空手。

ありきたりじゃない旅Guide

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